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不信のとき

Author:伊藤 博文 ( Profile )
心に愛がなければ、いかなる言葉も相手の胸に響かない。
    〜聖パウロの言葉より〜

 ■ 2009/11/01 (日) 未明の病院


小泉八雲の「耳なし芳一のはなし」に主人公の琵琶法師が侍の亡霊に手をひかれ幻の屋敷に案内されるくだりがある。僕はストレッチャーに乗せられ、ふたつ目の病院に搬送された時、この文章を思い出した。この病院でも救患の入口に看護婦が待機していて、広くてかなり長い廊下を運ばれ、角を二つくらい曲がり、その後エレベーターに乗せられ5階に運ばれた。廊下は電気が明るくついていたが、誰もいないし物音もしなかった。

5階の集中治療室に運ばれると、そこには医者と看護婦が5人くらいいた。
そこでまたしてもレントゲン台に乗せられレントゲンを数回撮影した。
ストレッチャーに乗っている僕の体にビニールの敷物(「スライダー」といっていた)を敷いてそれごと数人でレントゲン台に移動させる。終わるとまた敷物を敷いて数人で
持ち上げストレッチャーに戻す。肩やわき腹の痛みはまだ我慢できるが左足はちょっと
ひねると激痛が走る。

近くの看護婦に時間を聞くと「4時半」と言われる。家族に連絡するからと言われ実家の電話番号を教える。4時半にいきなり病院から電話がくれば親も驚くだろうなとぼんやり思う。そのあとストレッチャーからベッドにまた「スライダー」で移され集中治療室の隣の部屋に置かれる。そこで意識を失う。

ベンチに座っていた僕が覚えているのはズボンからキーケースが足元に落ちて、それを拾おうとして身をかがめたところからだ。何回もかがめようとしたが体が痛くて曲がらず、数回目でやっと拾った。そのとき向こうから3人組のサラリーマンが歩いてきた。
彼らに助けてもらおうとしたが、知らない人に迷惑をかけるような気がしてやめた。時計をみたら10時40分である。僕はこれまで何回か骨折の経験があるので、今回もやったなというのはわかっていた。携帯をそのとき身に着けていなかったのでどうしようかと思ったが、夜半にかならずパトカーのパトロールがある。それを狙おうと考え、じっとしていた。


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めとろん 小泉八雲の「耳なし芳一」は子供のとき繰り返し繰り返しずっと読見続けたお話です。あらゆる角度から今でも人間の性に関するテーマを読み取ル事が出来ます。受け手の私の感性にはまるという意味ですが。サラリーマンに助けを求めてほしかったけど。 (09/11/01 18:08)


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