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 ■ 2013/11/28 (木) 算盤が恋を語る話


江戸川乱歩の初期の作品に『算盤が恋を語る話』という掌編がある。

一度、そのタイトルを見たら、忘れられない標題だ。

主人公は、内気な男性、仕事は経理担当。彼が柄にもなく、隣に座る部下の女性に恋してしまう。主人公は自尊心が強く、女性に断られるのが、怖くて怖くて仕方がない。

しかし、今回の「恋心」は深刻で、思いはつのるばかり。彼は、悩んだあげく、窮余の一策を思いつく。

朝、早く出勤し、算盤に暗号化した数字を並べ、彼女の机の上にさりげなく置いておく。

彼女が気が付けば儲けもの、ダメでも証拠は残らない。いざとなったら、とぼけることもできる。彼は好意を告げる数字を算盤上に並べ、何日も彼女の前に置いてみた。

ある日、彼女は凝っと算盤を見ている。彼女は遂に気づいたらしく、彼の顔を見、頬を赤く染めた。彼は喜び、今度は近くの公園に呼び出す暗号に変更した。

しかし、彼女はなんの合図もなく、いつもと同じように、そそくさと帰ってしまう。ところが、彼女の机の上には「算盤」が置いてあり、見ると、「行きます」という暗号の数字が置いてある。

彼は歓喜し、公園に出向き、彼女を待つ。しかし、いつまで経っても彼女は現れない。

陽も暮れてくる。夕暮れの中で、彼はハッとしてあることを思い付く。彼は会社に戻り、彼女の原価計算帳簿を開く。すると、「行きます」と同じ数字が帳簿上に並んでいた。

この話、どこか「恋」というものの「本質」に、そっと触れている。とくに、その「齟齬」の面に。乱歩の心の「自伝」かもしれぬ。 


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