有罪モラトリアム

「補習をさせて下さい」と言われる。

失職後、通っていた学校で親しくなった先生に誘われ、講座に通っている。定期的にどこかに通い、色々な人の中に居る時間を持つのも悪くはないだろう、という程度の動機だ。真面目に通っていたわけでもなく、当然、出来は良くない。

「自分が誘ったのだから、出来るようになってもらわないと申し訳無いです。自分の説明が下手でやる気を無くさせているのだろうし、それはいけないことなんです。」と言う。
「あっ、いえ、通うと決めたのは自分ですから、これは自分自身の問題なんです。」慌てて言うが、先生は自分の空き時間をチェックし始め、「この日は空いていますか？」と聞いてくる。

帰宅後、それまでのやりとりを辿っていて、少し目が潤む。情けない。。。

当日、思い切って聞いてみる。実は休んだ時の内容だ。

「あ、ここはおられなかった時の所でしたっけ…はい、わかりました」
休んだことには全く触れずに、話し始める。時折「ちょっとこれは言い方不味いですね」などと言い直しつつ、段階を追って説明してくれる。
さすがの劣等生も、これで理解できないわけはなく、めでたく問題解決。

後で話しているうちに、私が１時間かけて通っていることを知り（３０分程度だと思っていたらしい）「そんな遠いのに来てもらって…」とすまなさそうに言う。
「よく来るので慣れてますよ〜」と返す。もうちょっとマシな言い方は無かったものか。


どこまで出来るかわからないが、ちょっとがんばってみることにした。
いや、やらなくてはいけないだろう。

笑顔をもらった。

黄色い缶のふたいっぱいについたニコニコマークに、思わず顔がほころぶ。
開けるとお菓子が入っていて、同じ顔の型押しがある。
こんな顔型のバッジがあったような…

ひとつだけ食べて、ペン立ての横に並べて置く。

口下手な人がいる。
その人はいつもニコニコしていて、見ている方の気分が明るくなる。
説明に熱が入り始めると、自分でもどかしくなるのか、身振り手振りが増えてくる。
ちょっと頼りない説明にイライラし始めたら、危険信号。
心の中で深呼吸だ。

笑顔を忘れないよう、笑顔の方に向かって歩いていきたい。

午後、インスタントコーヒーを飲みながら、ぼおっとテレビを眺める。
かかっていたのは、二時間モノのサスペンスドラマで、再放送らしい。

その女性は、ショートカットヘアーにアクセサリーもつけず、濃紺のジャケットにパンツ姿でカーキのコートを羽織っている。雑誌記者で、胃薬が手放せない。
それでいて、公園で石のベンチに座る姿に凛とした風情がある。

やがて事件はめでたく解決し、女性の心の奥に複雑にからまって重しになっていたものも無くなる。
最後に、その人は母親にもらった、赤地に白い花柄のワンピース姿で現れた。アクセサリーは無いが、赤いワンピースに細長い手足、色白の肌が映える。
両手を腰に置いてポーズを取り、脚にまとわりつくフレアーを無造作につまみ上げたまま歩き、ソファーの上に上がってまたポーズを取る。

そりゃないだろう、樋口可奈子さん。
いや、お茶目なあなたもきれいです。

初日の日記をほめてくれた人がある。
一瞬、単細胞な自分が喜ぶ。
いや、これは……逆の意味ではないか？と思い直す自分が出てくる。
返信機能を付けたのは自分。言葉がもらえるのはありがたいこと。

失職後、友達になった人に言われた。
「尊敬している」
一瞬、聞き間違えたかと思った。
その人は同じ言葉を繰り返した後、話を続けている。
「一体どこを！？」口に出していたら、しどろもどろだったに違いない。
一定期間、毎日顔を合わせていた人だ。きちんと相手を見てソツない対応ができる彼女を、私はお手本にしているくらいなのだ。

ある人が言った。
「驕ることなく、卑下することなく、自信を持ってがんばりましょう」

難しい。

「仕事に油が乗っている年だろう」
ある時、父に言われてチクリと痛む。

確かにそうだ。

独立開業したばかりの友人夫婦。
働きながら専門学校に通い、そろそろ国家免許が取れて正式に就職しそうな友人。
給料は安いし休日返上でしんどい、と言いながら頑張って勤める友人。
子育てしながら、自宅で仕事をしている友人。
仕事をしながら、生涯の仕事にすると決めた道に精進している友人。
次の仕事を軌道に乗せようと、毎日飛び回っている知人、など。

独身／既婚、子供有り／無し、性別に関係なく、周囲は皆それぞれの道を歩んでいる。
自分は……何もしていないし、何をやっていくのかすら決まっていない。
前の会社で自分の居た部署が廃止されるに伴い、職を失っている。

同じく無職の友人は言う。
「とりあえず今までやっていた経理の仕事を探そうとは思っているけど、『営業をやれ』と言われたら自分にはその能力があるかもしれない、と思って躊躇なくやるだろう、やれるだろう、今は何でも出来る気がする」

彼女にはやれそうだ。
用件を的確に話せ、状況に応じた対応ができる。きっちりした雰囲気もあるし、なかなかキレイな人でもある。料理の才能は皆無のようだが（笑）
そろそろお気楽生活を終えるそうだが、すぐに次の職は決まるだろう。

しかし、自分は？
「よく次々探してありつけるなぁ」と感心されたことはある。職種も全部違う。
つまり、中途半端なのだ。今までやった職種の中から探して行くのだろうが、そんな中途半端なスキルでは、これから太刀打ちできないのは目に見えている。

自分は一体何が出来るのだろう？
中途半端のツケが今になって回って来ている…