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日々の記録


 ■ 2005/08/09 (火) 夏真っ盛りの今、私が思い感じ、あるいは悩んだりしている事(長文)


 7月という月はここ数年を振り返ってみても自分にとってほとんど良くない意味で印象深い月でもありますが、2005年に関していえば去年と変わった所があるのか?と言いたくもなります。ただ去年に比べれば幾分忙しかったのではないかと思います(昨年の事については日記のバックナンバーを参照してください)。就職試験等で東京やさいたま市、川崎・横浜方面にも行く事もあって我ながら忙しく感じられましたが、自分にとっては色々な意味で暇の多い学生時代に比べて家以外に所属する場所の無い現在が首都圏とはいえ移動する機会が多くなったというのはいささか皮肉にも感じられます。学部・院時代はほとんどが家と大学の往復(その途中で図書館やら都内の大型書店への寄り道が入る)の連続で、関東地方の外に出た事など数えるくらいしかありませんでした。外の世界を見ようというモチベーションが著しく低く、自分の好きな事というインナーな世界で戯れていた結果が今の自分の惨状であると考える次第です。

 結局の所7月は1日以外は日記をつける事が出来ませんでしたが、結構砂を噛む思いをしたり屈辱感や悲しさ、悔しさにさいなまれる事が幾たびもありましたがそれらを文章の形で纏め上げる事までは出来ませんでした。私の日記は楽しいあるいは明るい話題よりも、自分のネガティヴな感情を文章という形でぶつけてきましたが、ここ最近はどうもそのようにはいかなくなっているみたいです。求人に応募→試験(筆記、面接含む)→不採用の永久運動にほとんど両足を突っ込んでしまっているからなのでしょうか。


 8月に入ってもまた去年と変わらない日常の繰り返しと思うと、一日一日の生活というものが無味乾燥に思えてうんざりしてしまいます。最近のニュースでは郵政民営化がらみの国会やら戦後60年の話題は別としても、興味を引くものといえば宇宙飛行士の野口聡一氏が搭乗したスペースシャトル「ディスカバリー号」に関するニュースと太陽系の10番惑星が発見された(といっても確定されてはいませんが)というニュースぐらいです。どちらも宇宙がらみのニュースですが、実際自分の足ではいけないような遥か遠方の世界の事の方が心躍るものがあったりします。

 今の時代はネットというものがもうほとんど我々の社会生活を一部を形成しているといってもいい位で、ネットにさえ接続すればアメリカやユーラシアの事については勿論の事、百何十億光年彼方の宇宙の事についても知りたい時に知る事も出来るのでパソコンはテレビやDVDプレイヤー以上の価値を持つものである事は肯定すべきであると考えたくなります。しかし現実にはそういった便利なものが身近な所に存在しても、日常を生きる事は苦しい事やら辛い事やらでなかなか楽しみが得られる事など少ないように感じられます(少なくとも私の身の回りでは)。それこそオラフ・ステープルドンが1935年に執筆した(日本では昨年に翻訳版が復刊)1000億年以上の壮大な宇宙の歴史を描いた哲学色あるSF「スターメイカー」の主人公のように幽体離脱でもして広大な宇宙の隅々まででも渡っていけるようになれればどれほど多くのものをこの目で見て知る事が出来るのだろうかと思う次第であります。よくトンデモ本と呼ばれるジャンルの本の中で幽体離脱をしただの云々という与太話がありますが、SF小説において肉体から精神が分離して遥かなる大宇宙を旅する話などと比べれば足元にすら及んでいないとしか思えません。確か「ペリー・ローダン」シリーズの現在翻訳出版中のサイクルでは主人公ペリー・ローダンの精神ならぬ脳が超越知性体同士の戦いの中で肉体から分離させられてて銀河系から程遠い架空の銀河にまで転送されてしまうといったストーリーが展開されていますが。


 さて私個人の話になりますが、最近は日常生活において苦痛に感じられる事が度々あって何を支えに日々を過ごしていけばいいのかすら分からなくなる時すらあります。その中には人付き合いが相当少なくなった事も挙げられますが、大学院のゼミの同期の方々に関しては、「就学年度の切れ目が縁の切れ目」であるかは知りませんが幾度かメールを送ってもなかなか返事が返ってこない時もあります。向こうにも仕事や研究などがあって、終わった人間の付き合いまでに時間を割いている暇が無い事を差し引いても寂しく感じられます。むしろメールの上だけでもお付き合いして欲しいと思ったりもします(ちなみに私は知り合い相手のメールでは自分の現状を恐ろしいほど深刻に書いたりはしていません)。

 苦痛に感じられる事の中で極北的なものとしては、一般的な勤め人に見合った生活が出来ない事、自分が家の中で同じ間違いをしつこく繰り返しては親の注意(これには私が社会人になるための訓練的意味合いも含まれています)を受ける事、過失をやらかして開き直るくらいなら謝って自分の失敗を認める方が何億倍もマシとばかりに謝ってもなかなか許してもらえない事などがあります。また最近(といっても今年の4月以前からですが)ではテレビ番組(アニメやバラエティ、音楽、ドキュメンタリー、映画といったありとあらゆるもの)やラジオなどをゆっくり視聴する事が出来なくなった事も苦痛に感じられる事があります。

 現在私は、もし運良く内定を貰えていつでも勤務できるようにと朝7時遅くとも7時30分にまで起きるようにと母親から一つの目標といった感じで言われて、それを実行しようとしていますが朝早い時間の就職試験の日を除けばどんなに頑張っても8時起きが関の山だったりします。大抵の企業では9時出社である事を考えれば、8時起きというものは家から歩いてすぐの所に勤め先があるならともかく、電車に乗って4、50分程度の所ではアウトになります。しかし私は大学入学から約9年、深夜の3時や4時、場合によっては朝の5時や6時に寝て、朝は10時や11時、これまた場合によっては午後2時や3時に起きるような不規則極まりない生活を送ってきたため、まるで今日から体操選手やマラソン選手を目指して特訓しろと言われたに等しい状況だったりします。普通の社会人の暮らしをするのに、時間調整や1日のスケジュール立ても全くといっていいほど上手く出来ず、これがまた私にとって辛く苦しい現状をもたらしている要因の一つであったりします。

 最近、私は何故進学を希望して大学院にまで行ったのかを時々考える事があります。こんな事を書くと何時までも過去にしがみついていないで今現在をどうするのか考えろと言われるかもしれませんが、学歴欲しさに進学を志望したと言わざるを得なかったりします。私が進路選択をした時期を思い起こすと、その前後は入試のあり方やら何かが変わったりとか難易度が幾分下がったりといった事もあいまってか私のように不勉強な人間でもある程度の準備で入れるようになったのではと思われます。しかし入ってからがほとんど自分の好きな事しかやらず、努力を要する事からは目を背けるようになりそれが一番顕著だったのが大学、大学院の計8年間でした。私は大学院で奨学金の無駄遣いが発覚してからもどういうわけだか学校にしがみついて2年もオーバーで在籍して、お情けの修士号を貰って放逐に近い形で大学院を終了しました。ちなみに大学院では近現代のドイツの政治史を専攻していたのですが、その中で自分はワイマール共和国時代におけるナチスこと国民(国家)社会主義ドイツ労働者党の運動について研究もどきな事をして400字詰めの原稿用紙に換算して70数枚程度、参考文献や注釈を含めて90枚程度という最近新聞等で耳にするようになった「今の大学院の修士論文は10年前の大学生の卒論以下」を地で行くような内容の論文を4年がかり(といっても3年間はフラフラしていましたから実質修論に費やした時間は1年)で書いて提出しました。

 結局私にとっての大学院時代は、ナチスドイツと宇宙帝国(類義語としては銀河帝国、つまるところは宇宙を舞台にしたSFの事を言いたい訳です)と二次元美女・美少女(要するにそっち系のアニメやコミックの事)に萌えていただけなのではと考える事もあります。学部時代を含めて8年、私は職業に対する意識は皆無に等しく、今いくら一生懸命それこそ学生時代の何倍もの力を振り絞って努力しても認められないという、ざるで水を懸命にすくってお湯を沸かそうとするような事をしているようにしか思えません。今の努力が将来になって報われるという事は肝に銘じているのですが、今現在の苦境の原因が大学以降の8年間の莫大な負債であると思うと、物理的な意味での負債はともかく精神的または心理的に背負った負債というものも完全に清算するまでは一体どれだけかかる事やらと言いたくなります。ましては自分が30になった時ですら、少しは減ってもまだまだ多くの負債が残っているように思われます。あたかも旧国鉄が抱え込んだ膨大な負債のようにも見えてなりません(余談ですが旧国鉄の30兆円にも達する債務の返済は現在も進行中のようです)。

 大学院進学希望とは別に考える事としては、もし私が6年前に大学院進学の道を選ぶ事無くそれこそ血の滲む思いで就職活動をしていたら今現在はどうなっていたかについても寝る前や電車の中などで考えたりしますが、なかなか想像つかなかったりします。自分自身では就いた仕事に長続きせず職を転々と変えて、今頃は無職になっているのではないかと思う事もあります。しかしながら親に聞いてみたら、少なくとも大学院時代にやらかしたような逸脱行為はせず、もっとあらゆる事にシビアになっていたのではとの答えでした。今でも私は大学院入学の年、つまり西暦2000年に戻って人生を再びやり直せたらと思う事があります。この日記においても度々述べてきたように2002年7月の例の日までの間を考えてみても、人生の修正を行えた機会は幾度か存在していたように思っています。そういった機会を上手く活用させる事が出来たのならば、現在のような苦境は大分緩和できたのではないかと考えられます。これはあくまでも架空戦記よろしくイフの世界の話ですが。

 現在も苦しみや辛さの緩和のために色々と私は力を尽くしています。時には勘違いをして他人の気持ちを逆撫でするような事もあったりもしますが、心を込めて課題に取り組んでいくという事を実践しています。学生時代何故自分は勉学をはじめほとんどの事が上手くいかなかったのかを考えてみると、一つ一つの物事に心を込めて取り組んでいかなかった、さらにそれが自分の視野も著しく狭める結果になった、からという理由が浮かびました。こういった事が割と最近でも、家事を手伝っている際に最後の最後で配慮が届かず自分の親切な行動がおじゃんになってしまう一因であると思っています。二次元世界の住人には許される事でも、現実世界では通用しない事が多く存在するという事は承知していますが、無知や不注意からくる失態というものはいわば罪に近いものなのではないかと考えたりもします。それを思うと自分や親や親族、学生時代の関係者などに大変な負担を負わせていた事は大きな罪作りであったという事になるのかもしれません。罪滅ぼしというと極端すぎるかもしれませんが、日常生活で細心の注意を払って過ごすという意識を持つで私は失態を犯さないよう心がけている次第であります。






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とも 過去は支払済みの経費。前向きにいこう (05/08/14 09:07)
幸運を祈る 自分も学生時代もっと真面目にというか、色々な事をやっていたらとよく思います。今でも出来ると言えば出来るのかもしれないですけどね^^;なにより勉強をもうちょっとやっとけばと思いました・・・もうその時間は帰ってきませんけど、お互いこれから頑張りましょう^^ (05/08/13 00:06)
韮山 客観的に見ましょうよ。 負けたのは就職活動にであって人生にではない。 こなした面接の中で、ちょっと良かったところとか、共通していやな顔をされるところとか、ここに綴りながら整理していくと、意外と簡単に答えが出るかもしれません。 (05/08/09 22:23)
アニキ プライドは捨てて何の仕事でも良いから働きましょうよ・・・  「大学院」という語句を今後一切ここで使用するのをやめてみてはどうですか??  (05/08/09 18:53)


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