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ヒモと呼ばないで

9年ぶりに帰ってきました。誰か助けて。

 ■ 2003/12/31 (水) 思い出した


いつも丘陵を歩いていて、どこかでここのイメージにピッタリな曲を聴いた気がしていたんだけど、どうしても思い出せないでいた。
1曲はスピッツの「スカーレット」。
前に思い出した。

でも、もっとピッタリな曲があったはず。
ずっと気になっていたけど、今、思い出した。

スクエアの「THE AUTUMN OF '75 」だ。

ああ、よかった。
まだ、勝負はついてない。

丘陵の空気はまだ体の中にある。
これだって「支点」になりうるはず。
この曲を思い出せたんだ。
俺はまだKOされていない。

俺はまだ「主夫」だ。

今年最後に思い出せてよかった。

皆さんのおかげです。
ありがとう。

皆さんもよいお年を。
おやすみなさい。


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 ■ 2003/12/31 (水) インターバル


仕事が終わって、1時間も職場に残ってしまった。
理由は残業などではない。

雑談だ。

嫌々そうしたというわけでもない。
帰りのIDをスキャンするのも忘れるほど話は盛り上がったのだから。

…ほら、言わんこっちゃない。
「家庭」と「職場」の「タイマン勝負」に巻き込まれてる。
そして、早くも「家庭生活」は負けそうだ。
俺は「主夫」なはずなのに。

早くルールを「じゃんけん」に変えなくちゃ。
最低もう一つ支点を増やすんだ。

でも、すぐというわけにもいかない。
それまで持ちこたえるための戦略は…。

とにかく相手は強敵だ。
正面に立って打ち合うなんて以ての外だ。
「男らしい振る舞い」「武士道」に憧れるのはいいが、自分がそれに相応しいなどと思い上がるな。
ガードを固めて、頭を振って、急所に的を絞らせるな。
時に「攻撃は最大の防御」だから、「HITandRUN」もいいだろう。
コーナーに追い込まれたら、クリンチかside to sideで逃げろ。

この日記を書く時間が、言わばラウンド終了のゴング。
何度ゴングに救われたか。

管理人さん、大事なインターバルをありがとう。


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 ■ 2003/12/30 (火) 東京多摩地方、快晴


後46分で家を出る。
いい天気なのに、丘陵とは反対側に行く。

もうどうしようもない。
このまま行くんだ。

後45分。


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 ■ 2003/12/30 (火) 休日/単線


妻の…じゃなかった俺の休日。

今年最後の休日で、なんと31日も元旦も仕事だ。
予定では、次の休みは2日だ。

去年とえらい違いだ。
大掃除もままならない。

放送大学のWEB入学手続きが上手くいかなかったので、午後から、直接多摩キャンパスへ向かう。
45分歩いて到着するも、なんと昨日で正月休みに入っていた。
これがむしろフツー。
俺の感覚の方がずれてるんだ。

仕方なく、そのまま国分寺へ歩いて向かう。
無印良品で「ソファベッド」と「体にフィットするソファ」を見比べる。
共になかなか良く、値段も千円違いなので、一応チェックしておいた。
なんて言っても買うわけじゃ…いや、来月の給料入れば買えるのかな。
…買えるんだ。

次ぎに最上階のcandoに行き、仕事で使う懐中電灯を買う。

その後、駅ビルの芳林堂で、やっとお目当ての入学願書を手に入れるや否や、忙しなく帰途に就く。
理由は、夕方から義母に呼ばれてるから。

厳密に言うと、義母と義兄。
正月休みで帰郷してるんだ。

義兄は物静かで、電子機器などを買い物するのが好きな人。
今日も、義母が畳の上に強引に置いたソファの上で、FOMAのケータイのカタログを嬉しそうに眺めていた。
俺との関係は、特に問題はない。
っていうか、正月しか会わないから、それ以上よく知らないんだ。

知ってるのは、義母が「お兄ちゃんママ」だってことくらいか。

彼は一流製薬会社の役職。
俺は主夫生活に未練たっぷりの警備会社の準社員。

娘のことが心配だということを少し脇に置けば、自分の息子を立派に見せる引き立て役として、俺はかなり優秀なはずだ。

義母を喜ばすことができて光栄だ。
その見返りとして、出された豚しゃぶはたっぷり食べてきた。

食事中にもう「職探し」の話は出ない。
代わりは俺の新しい仕事についてと休日のスケジュールについての話だけだ。

…仕事が生活の殆どを占め、帰っても風呂とごはんだけ。
娘も寝てるし、妻は帰宅時には起きてくれるが、殆ど話もしない。
っていうか、彼女も次の日仕事だから、そんな余裕はない。

義母は笑いながら「慣れるまでは大変ね」と言った。

いつもはその「笑い」が、愛想笑いなのか、心からのものなのか、作り笑いなのかがすぐ分かるんだけど、今日はよくわからなかった。

何故なんだろう。


国分寺から帰るとき、今日は歩きではなく普段殆ど使わない西武多摩湖線というのに乗った。
これがなんと「単線」。

10分もかからず乗り換え駅に着く。

この駅の周囲は、遊歩道と公営と思しきアパートくらいしかなく、ここに住んでる人にとって、国分寺は、働くにしても消費するにしても便利な場所に違いない。

2点を結ぶ直線で生活が事足りる。
近くて便利。
そう言い切れるなら問題ない。

しかし、2点だけじゃ、多くの場合そう言えなくなるのも時間の問題だろう。

大抵「どっちがより重要か」を考え出すようになるし、周囲にもそれを強いられるようになるからだ。
仕事と家庭、勉強と部活動、あの娘とあの娘…双方を同じように大切にし続けることの出来る人なんて滅多にいないだろう。

そこで、第3点を持つことが重要になる。

要は「腕相撲」と「じゃんけん」だ。

拮抗してバランスを保っている状態に耐えきれず、片方が他方を我がモノにすることを是とする状態と、自分に「勝ち」をもたらす相手と「負け」をもたらす相手と「3人」で行う「勝利の方程式」が通じにくい「遊び」の状態との違いだ。

きっと今は、「仕事」と「家」の「2点」だから、休憩室のソファが俺の部屋まで侵入してしまうんだ。

だから、ここにもう1点を割り込ませる。

「放送大学」を割り込ませて「学生面」してやる。
学生証とテキストを以て「盾」にしてやる。
ぼんやり白日夢に陥る時も、授業のことを考えてやる。

2点間の「showdown」を回避して、「負けたー」とあっさり言える「じゃんけん」の世界を作れれば、また義母の笑いの意味も分かるようになるだろうか。


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 ■ 2003/12/29 (月) 離岸流/慣れ


Cさん「はい、これ会社から届いてたよ。」
俺  「…何ですかこれは。」
Cさん「何って、見ればわかるでしょう。」

渡されたのは「健康保険証」と「給与明細書」。
給与明細は、〆の関係で1日分だけだが。

こういうモノを突きつけられると、波打ち際からいきなり足の届かない沖に流されたような不安を感じる。
そこから「もう戻れないよ」って決められてしまった感じがする。
それは、働きだして「一番恐れていたこと」に、今の仕事で言えば「確認の印鑑」を押されたという感じがするからだ。

そして、その「一番恐れていたこと」とは「慣れ」だ。

一日にチェックする人数は300人以上になるので、取引先関係者のことはまだよく分からないし、仮に困った人がいたとしても、実際に顔を合わせている時間など微々たるものだから、そう問題にはならない。
問題はペアを組む人達のことだが、果たして、俺の他に3人いるメンバーの中に、誰一人としてウマが合わない人はいなかった。
っていうか、みんないい感じの人ばかりだ。
今時珍しいんじゃないだろうか、こんな人達…とすら思える。

そんな人達に支えられながら、今日初めて、午後勤務の2つの役割分担のうちの1つを、全日ほぼ一人でやらされた。
どれもこれも閉店時間を基準に細かく時間が決められているので、目が回る忙しさだ。
いきなりだったし、面食らったが、それでもとりあえず何とかなった。

…慣れてきたんだ。

人に恵まれ、仕事に問題がなければ、職場そのものが恐くなくなる。
それはいいことだ。
っていうか、嬉しいことだ。
俺だって、そんなにひねくれてはいないさ。

しかし、だ。

俺はすでに自分の天職というようなものが何かを知ってしまっている。
「知ってる」というより「決めた」と言うべきだろうか。

ここでどんなに仕事に慣れようと、先輩・同僚がいい人でも、ここでの仕事は俺の天職にはならない。
俺の天職とは、「下るだけ」の生活で、「上を向く」のに不可欠な「谷戸」であり「広場」である「主夫」という場所だ。
そこでの景色に充分満足し、っていうか、それが気に入ったから、ここに居を構えることにしたんだ。
ここにテント設営を済ませ、もう既に3年も過ごしてきた上で「天職」だと思っているんだ。
それなのに、ここ3ヶ月かそこらで何だか訳もわからないまま急にここを追いやられて、また獣道を歩く羽目になっている。

そして、その道は「上り」。
それが証拠に、俺は今「上を向いて」いられる姿勢で、「キツさ」を感じながら歩いている。
少なくとも、足下に気を付けて「転ばないように」歩いてはいない。
その「キツサ」も、ひょとしたら「心地よい」と言ってもいいのかもしれない。

そして、これこそが「慣れ」を生む最大の要素だ。
「転ばないように気を付けて・下る」と「上を向いて・上る」を比べた時、その上り坂がよほど険しくないなら、多くは後者を選んでしまうんじゃないだろうか。

俺もそうだった、今までは。

でも、もう分かっちゃったんだよ。
一見、価値ある頂上のように思えても、もう俺の人生に訪れる「上り」は「よりキツイ」下りの為の下準備しかないってことを。

そういう「上り」を散々繰り返してきて、その揚げ句にやっと腰を落ち着ける「谷戸」「広場」を見つけたんだ。

このまま、「慣れ」で獣道を上り続けても、今はともかく、そのうち「振り返りながら」上ることになるに違いない。

いくら「下り」より転びにくいとはいえ、そんな歩き方じゃ、転ぶ確率は高くなるだろう。
っていうか、そのうち転ぶよ。

今度もう一度、この「広場」にたどり着くのは、そうやって転んで、いわば「転落」して来たとき、ということになるんだろうか。

そんなの、転ぶだけ無駄じゃないか。
っていうか、「またか」って感じだよ。

転んだら、痛いんだ。
もう散々痛めつけられてきたんだ、もう嫌だよ。
痛いだけで済むとも限らないんだし。

このままここにいさせてくれればいいんだ。

お前は登山家と一緒になったんじゃないんだよ。
里山ハイカーと一緒になったんだよ。
Walkerだよ、Runnerじゃないんだよ。

そんなに俺が転ぶところみたいのか。

もし、そうだって言うなら、誰かの言うように「他の」広場に移るしかないのかな。
「他の」谷戸に。

天職を真っ当出来るなら、それもいいのかな。

よくわからん。


【PS】
今日一緒に行くと言ってくれる人がいたら、ひょっとしたら本当に今日で仕事やめてたかも。
エビオスじょーさんがもう5、600km近くにお住みでなくとも、出勤前にあの日記を見ていたら、自分の生活は多分変わってました。









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 ■ 2003/12/28 (日) 誰か


一緒に今から狭山丘陵に行かないか。
ガイドするから。
濃すぎるかもしれないけど、烏龍茶もあるし。

まだ間に合うよ。

誰か行かないか。



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 ■ 2003/12/28 (日) 妻の休日/俺は


妻の休日。
それとは無関係に、俺は後1時間59分で仕事に出かける。

その間に、今日は風呂に入る。
昨日はそのまま寝てしまったから。
日記も書けなかった。

今こうして自分の部屋にいても、仕事中のような感じだ。
職場からずっと続いてる長い長い休憩室のソファーの存在感はますます大きくなっている。

…今日はいい天気だ。
逆方向へ行けば、職場に行くのとほぼ同じ時間でいつもの丘陵に着く。
IDカードをスキャンする必要もなく、いつものように迎入れてくれるはずだ。

…行ってやろうか。

仕事に行くなら、後1時間57分。

俺はどっちに行くんだろうか。


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 ■ 2003/12/27 (土) 行きたくない


後1時間12分で、仕事に出かける。
行きたくない。

っていうか、今も職場からずっと続いてる休憩室のソファーに座っているんだ。

振り返って回りを見渡せば、楽しく出来る家事のネタがいつものようにそこにある。
それなのに「余計なこと」を「苦しんで」やるために、それ後回しにしてわざわざ出かけるのは何故だ。

後1時間10分。
行きたくない。


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 ■ 2003/12/27 (土) 時代


今日は働きだしてから初の休日だ。

イブに妻からもらった「ラストサムライ」のチケットを手に、新宿へ向かう。
劇場は「新宿ピカデリー」。

ここは生まれて初めて洋画を観た所で、作品は「ジョーズ」だった。
本当に恐ろしくて、何度もあのホオジロ鮫に喰われる夢を見た。
サメ狩りのプロ役のロバート・ショーが傾く船体からずり落ち、腰から下をサメにくわえられたまま海に沈むシーンで、サメが彼の身体を左右に軽く揺するのが、リアルで恐かった。
関係ないが。

映画そのものは、言うことはない。
面白かった。

ただ、登場人物の「大村」を見て思ったこと。

「大村」とは、本当に大雑把に言ってしまえば、「サムライの世」を近代化された「新しい日本」に変えようとしている男。
映画では「サムライの敵」だが、彼の行動は「時代の要請」を受けた正当なものだと思う。
成功すれば、財閥である彼の財産もますます殖える、という面があってもだ。

…「主夫」を名乗るとき、心のどこかで「古い男らしさにこだわる『時代』じゃない」、という後ろ盾を感じながら、そうしてる。
っていうか、それを全く感じなかったら、こんな匿名の場所でも未だに言えなかったかも。

そういう空気になったのも、「女性」の力が大きかったのは間違いないと思う。
だから、この言葉、聞き飽きたけど、「男社会」が終わり、「女の時代」の到来っていうのに期待してる。

でも、「男社会」を「終わり」に追い込みたい女の人は、それに変わる「新しい日本」をどうするのか、もっと男の人に具体的に言うべきだとも思うよ。
まさか「アメリカでは…」ってことで、「西洋化」すれば済むと思ってる訳じゃないでしょ。
特に「男性にとってどう変わるか」の中でも「彼らにとってのメリット」に関する説明不足は甚だしい。
義務の話しかしない人をリーダーになんかしないよ。
「だから男の人にも、もっと頑張ってもらって…」っていうアグネスチャンの決めセリフを誰もが気軽に言い続けられるのが「女の時代」だって言うなら、何も言うことはないけど。

「アメリカ」だけじゃなく、日本でも「マニフェスト」とかいう言葉が使われ出したよ。
女の「時代」を生きる女として、それに「責任を負う」気があるなら「そうなることで得られるメリット」を説明してみて。

「女の時代」なら、男性から支持を勝ち取って、その上で、堂々と自分の財産を殖やしちゃえばいいのに。
それがないと、この映画の「大村」みたいに、最後の最後でババを引くかもよ。
時代が圧倒的に味方をしていたとしても。

「男社会」を終わりにしたいなんて言った覚えはないって言うなら、まず田嶋陽子さんの攻撃の矢面に立って男社会存続のために闘ってみてなんて言ったら、言い過ぎかな。

極端な話、新しい時代、どっちで「豊か」になるつもり。
最後に「女は自分の私腹を肥やしてるだけだ」なんて、男に言わせないでね。
そんなこと言う男が悪い?。
そう言わせる「リーダー」の力不足だよ。

経済的に問題ないにもかかわらず、男性が主夫のままで居続けることが、女に人から認められない世の中をさっさと変えてくれ。
早くしてくれないと、俺はそのうち「男らしいふり」をするだけのサムライ擬きのチンピラになってしまいそうだよ。

っていうか時間の問題だよ。

もう4日もそうして過ごしているんだよ。
やっぱり、こんな生活は嫌だ。

…合戦のシーンを思い出すと恐くなる。
迫力があっただろって。
ふざけるなよ。

ただ恐かったよ。

あの時の「ジョーズ」みたいに夢に出てくるかな。

闘うのは恐いよ。

それに俺にはもっと得意なことがあるんだ。
戦場に行かされなければ、鎧なんか必要ないよ。
たったそれでけのことなのに、どうしても闘い見物したいんだね。

だけど、男を闘わせて喜んでるような女に「女の時代」をドライブさせたくない。

「王様の中には首を刎ねられた者が、大勢いる」
何かのTVドラマで見た覚えがある。

女王も例外にしない。

どうしても闘えっていうなら、まずはそう言うお前の首を刎ね落としてやる。
それとも「サムライ」らしく腹を切る方がいいか。

どっちにしろ迫力あるシーンになるよ、きっと。






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 ■ 2003/12/26 (金) ツマミ


うちのオーブントースターと電子レンジは、時間設定を「ツマミ」でする古いタイプのものだ。
それで短い時間、例えば3分とかに設定するには、一度10の目盛りまで回して、それから3に合わせるようしないと、正確な時間が計れない。

職場での俺は、ツマミが故障して、目盛り10まで回せないため、正確に温め時間を設定できない旧型レンジみたいなものだ。

…朝、似合わない制服に着替え終わった段階では、脳みそツルッツル。
昨日までに教わったことをメモを見ながら確認するのが精一杯。
しかし、さすがに4日目ともなると時間の経過と共に徐々に慣れてきて、ようやく身体で覚えたとでもいうような仕事が徐々に動き出してくる。

しかし、だ。

ちょっとした間の悪さを「マーフィー」は逃さず襲って来る。
未知、かつ(比較的)大事な出来事は必ず、「一人」で「複数の仕事が重なって」いるとき起きる。
そうなれば、お決まりの一時的にパニックになり、出来るはずのことまでもが出来なくなってしまうというパターンに陥る。
従業員や来場者の前で(そんなに大それたものではなくとも)失態を晒し、今度は強烈な劣等感に苛まれる。

そして目盛りは「0」に逆戻り。

一日、そして連日、この繰り返しだ。

特にマーフィー君は「発報・電話・雑務」の3つが大好物。

…いきなり、温度異常センサや犯罪防止盤が「ピーピー」大きな音を発する。
びびるって、そりゃ。

だって、どうして止めたらいいか、どうして鳴ったのか、その後どうすりゃいいのか、全部分からないんだから。
今日やっと分かったけど。

…いきなり、内線が鳴り、大声で「4■▽の○○今日来てる」「▽×の○○だけど、××階段まだ通れますか」「俺だけど、○×の携帯番号いくつ」…
焦るでしょ、そりゃ。

っていうか、まずもっとゆっくり、それにはっきり名乗れって。
あなた誰。

…閉店業務であたふたしてるところに「この○○の××ありませんか」。

探さなきゃわかんないって、フツー。
だって、そんなの話に出たこともなければ、見たこともないんだからさ。

仕事を覚えるには、毎日少し多めに「習って」、そのうち幾つかの取りこぼしを前提に少しずつ前に進むというのが結局は効率的だと思う、なんていうのは「甘い」んだろうか。

「OJT」っていうんだっけ、「習うより慣れろ」っていうヤツの横文字。
わかるけど、それでも限度ってものがあるだろ。

「オーバーロードの原則」も言ってるぞ。
「ストレス→休息・回復→(前のストレスに慣れた時点で)前回よりも“少し強い”ストレス」が強くなるプロセスだって。

ところが、実際は「“知らない・わからない”という不安状態KEEP。瞬間的にすごいストレス。回復時間は休息時間(食事と帰宅後)。そしてまた不安KEEP…」

…大丈夫か。

でも、教えてくれる人を責められない。
彼らはちゃんと教えようとしてくれるし、こちらが尋ねたことには、しっかりわかりやすく何度でも教えてくれる。

だから少なくとも常時後一人、もう後一人だけいてくれれば、この「ツマミの故障」は直って、目盛りをひとまず10に回せると思うんだけど。
そうすれば正確に、今日の仕事を計れるよ。
今日何をしたか、に自信が持てれば、次のもっと大きなストレスにも耐えうるんじゃないかと思うんだけど。

会社の理屈がどんなものかは知らないけど「人を働かせる」のが基本だろ。
人員削減だか経費節約だか知らないけど、その個人のモチベーションのツマミもちゃんと回せないようじゃ、まだまだだね。
少なくとも「主夫」なら、個人差はあれど、多くはそのくらいの感覚は持ってるもんだよ。

じゃないと、男のために女が働く、なんて世界は成り立たないんだから。

もちろん負け惜しみだけどさ。














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 ■ 2003/12/25 (木) 残り時間


なんて事だ。
出勤前の時間が「休憩時間」になってる。

正確に言えば「自宅待機」か。
それも、残り1時間と28分。

警備室裏のソファーが長く続いて、自分の部屋まで繋がってる感じだ。

後、1時間27分。
っていうか、もう自宅にいながら既に働かされてるよ、俺。

後、1時間26分。
いや、25分だ。





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 ■ 2003/12/25 (木) 3日目



職場ではろくなことがない一日。
っていうか、もう既に最小限のシフトで回ってる(!)ので、俺は何もわからないまま、一人でベテランとほぼ同じ仕事を任されている。
大体「本来なら1ヶ月かけて研修する」ところを1週間かそこらで仕上げようっていうなら、会社はもう少し人手をかける必要があるんじゃないのか。
教えてくれる方の人にも負担が大きいので、申し訳なく感じる。

トドメに帰る寸前、ついに「マーフィー」の来襲を受ける。
本来こういうときこそ、効率的に仕事を割り振って窮地を乗り越えるのが普通なんだと思うが、俺は何も出来ないので、ただそこに突っ立ているだけだ。
こういう所在なさは最悪だ。

Bさんは「急がない、急がない。分からなくて当然なんだから」と言ってくれるが、そう言われると余計に情けなくなる。

結局、いつもよりも30分送れて帰宅することに。

帰るや否や、妻からクリスマスのカードを貰う。
同封に「ラストサムライ」のチケット。

この映画のことなんて彼女には一言も言った覚えないのに。
何でわかったのかな。
さすがだな。

一方俺は、新しい環境に慣れることにかまけて、クリスマスのことなんてすっかり頭から消えていた。
何も用意してないよ。
ごめんね。

ここでも何もできない所在なさを感じるが、この際、両手を上げて、このささやかな幸福に屈服することにする。
闘う必要なんか無い。
そのまま受け入れる。

闘わない。
このまま寝る。

いい気分のまま寝る。

朝が来れば、どうせこんな気持ちはあっさり一蹴されることになるんだ。
だから、今はこのまま。

このまま寝る。

メリークリスマス。












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 ■ 2003/12/24 (水) 二日目


午後から散策に出る。

と言っても、丘陵などではなく店内迷路散策だが。
迷子っぷりも昨日とほぼ変わらず、といったところ。

受付業務と閉店業務も同様。
子供の使い状態に変化無し。

唯一違うのは「人」だ。
昨日指導してくれた隊長は公休、Aさんは俺と交代する形で帰宅してしまう。
そして今日は、「偉い人」と「無口そうな人」と仕事をする。
どうも二人とも、苦手そうなタイプだ。

でも、俺はもう闘わない。
ちょっと苦手そうな人でも「苦手だな」と思いながら、ただ仕事する。
どうせ闘ったって、勝てやしないんだから。
思い上がるな。

すると、そんなに悪い人じゃなかった。
っていうか、二人とも親切で優しい人だった。

こうなってみると、何故「苦手そう」だなんて思ったのかよくわからん。
こうやって、無駄な闘いを繰り返す癖、治ってないんだな。

この職場には、本当にウマが合わないっていう人はどうやらいないみたいだ。
これだけでもなんと有り難いことか。

そして、調子に乗って、この二人の共通点を発見。
それは俺に「社員になれるよ」と頻りに言うこと。

…準社員で充分です。
俺「主夫」ですから。

少しうち解けだしてきたので、本当に危うくこう言うところだった。

今度本当に言ってみようかな。

…やっぱりやめた。

彼らは「(準社員から)正社員になること」の価値をこれっぽっちも疑っていない。
何故なら、自分がそうしてきたから。
それで、よかったと思っているから。
その上で俺に「社員にもなれるよ」って言ってくれてるのは、間違いなく善意からだ。
俺は彼らとは考えは違うけど、そんな彼らに「社員じゃなくても別にいいです」なんて言ったら、彼らを不愉快にしてしまうかもしれない。
っていうか、大げさじゃなく傷つけるかも。

争いが嫌いでも「傷つけられた」と思うときはじめて武器を取る人は多いと思う。
親切な人達に「赤紙」を、それも自分を攻撃するために出すような真似をするな。

人からの善意なんて、闘わなくていいものの中でも、最優先事項だろ。
そもそも「考え」なんて違ってて当然。
それなのに、その違いの「正誤」を決するために、無闇に闘おうとすることじたいが、サムライ擬きのチンピラのすることだ。

三船敏郎も言ってた。
「上等な刀は、鞘に納まってるもんだ。」

抜かない刀を見ると、全て名刀扱いするのもどうかとも思うが、切れ味を試すための下らない決闘なんかするよりはましだ。

俺が腰に差してるのは、野菜すらまともに切れないような、錆び付いたナマクラだ。
勇も、それを表す技量もない。
わかってる。
だから抜かない。

どうせ抜いても切れないなら、今は刀をひとまず置いて、俺は「武士道」から学んでるのさ。
今日は「第五章・惻隠の心」まで読んだよ。

自分にとっては、自分の気持ちや人の善意を受けることがその第一歩だ。
でも「そのまま」を受け入れることって、難しいよ。

もちろん負け惜しみだけど、環境が急に変わって気持ちが遊びを欲してるんだ。
ちょっとサムライごっこくらいさせてよ。

俺には無理だけど、やっぱりカッコイイんだよ。
サムライ。

憧れるくらいいいじゃん。



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 ■ 2003/12/23 (火) 配属初日


Aさん「テンカンブ」の連絡は…。
俺「転換部?展観部?点火部?てんかん部?…。」

正しくは「店幹部」。
聞き返せばいいんだろうが、それも出来ず、業務終了間際でやっと理解できた。

世間様のスピードについて行けていない事を「はじめまして」の挨拶からわずか数分間で、あっさり思い知らされる。

仕事内容は、主に店内巡回と出入りチェック、それに施錠・閉店業務の3つだ。

こう言うと簡単そうだが、とにかくその前提となる、階段、出入り口、通路、防災設備、関係者のいる部署、売り場の配置…などを覚えるのが本当に大変。
今の俺には本当に文字通り迷路だ。
警備員がそれじゃ話にならないな。

それに加え、店長、副店長の「店幹部」を始め、自分の会社の所長、関連部署の各責任者、それにもちろん同僚になる人の顔と名前を一致させなくてはいけないし、外線と内線で微妙に変える電話の応対も、間違えると即お客様からのクレームにつながるということで、軽んじられない。
初日の今日も既に、受けるのもかけるのも、一応一度づつする機会があったが、もちろん今の段階では、まるで子供の使いみたいなものだ。

一番楽な出入りのチェックも、外来と従業員とで違うし、外来でも、一般と配送とで違うし、従業員でも、IDカードだけでいい人と、バッジを渡しサインをしてもらう必要のある人と分かれる。
さらに、私物を専用の棚に置く許可を出すのにいちいち札を出したり、外来には社員証かそれに変わる身分証明書の提示を求めることもする。
それに何と言ってもコンピュータ制御された防災設備の使い方や、専用無線・携帯電話の使い方、シャッター・電子錠の閉め方、スプリンクラーの制御方法…もうわけがわからない。

そんな状態のまま閉店業務に入る。

モタモタしていると、入り口の施錠が閉店時間に合わなくなってしまうので、流れるように無駄のない手順でこなさなければならない。
まだ店内に残るお客様の邪魔にならないように、スムースにやらなければならないんだ。

で、この通常業務は何事もなく出来て当たり前で、肝心なのは、有事の場合だっていうんだから、たまらない。
初期の処置を適切に行い、店の損失を最小限に止め、お客様と従業員の命と財産を守り、同時に法律に従って、然るべき所へ通報することだって言うんだから、自信なんてないよ。

「〜でも」やるか、「〜しか」できない、っていう意味で「でもしか」仕事っていうとき、警備員って必ず例えに出るような気がするけど、間違ってるよ。

ちゃんとやろうと思ったら、そんなんじゃ絶対無理。
ちゃんとやろうとしなけりゃ、出来やしないし。

…俺にできるのかな。

幸い今日付きっきりで教えてくれた人は、気のいい、親切な人だったので本当に本当に助かった。

でも明日は、恐い人との業務になるらしい。
そういう人って、単にその人がうるさいというだけじゃなく、大抵「連れ」がいるんだよな。
「マーフィー」って名前の。

大丈夫かな。

そうこうしているうちに、終了時間の23:00を迎える。
あまり最近は行かないが散策の1コースになっている馴染みの道を歩いて帰途につく。
帰りに少し夜食を買って帰ると、いつもならもう寝ていてるはずの妻がこの時間まで起きていて迎えてくれた。
おまけに、お義母さんからのお裾分けのロールキャベツと南瓜の煮付けを時間に合わせて温めて待っててくれたみたいだ。

本当なら買い込んだそばめしとチキンライスのおにぎりとはあまり相性はよくないはずだが、美味しかった。

娘はやっと寝たということなので抱っこもチュウもあえてせず、寝顔を見るだけで我慢した。

この後、今日一日を振り返ってみて不思議なことに気づく。
なんと、ほとんど疲労感はない。
変に緊張もしなかった。

いや、実際は、気持ちも張っていただろうし、身体の疲労もかなりあるはずだ。

それでも今こうして、いつものように何事もなくPCに向かっていられるのは、きっと寝ないで待っててくれた君のおかげだね。

顔に吹き出物も出てないよ。

ありがとう。




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 ■ 2003/12/22 (月) Another One


顔の「おでき」は8割方治まる。
後はこの瘡蓋が取れれば、完治だ。

午後から散策。
玉川上水〜野火止用水コース。
所要時間は約3時間。

お目当ては、放送大学多摩キャンパスだ。

視聴学習室は日曜日にもかかわらず、人が少ない。
前回通り過ぎただけの「学生控室」に入り、新聞を広げ、いつもの水筒でいつもの烏龍茶を飲む。
他にも2人ほど学生(?)がいたが、そのうちの1人は備え付けのPCを独占して、画面とレポート用紙を交互に睨み付けている。
もう一人は、俺と同じようにリラックスして、教科書らしき本を読んでいる。

…なんかいい感じ。

知らない人が見たら、俺はまるで通い慣れた学生のように見えたかもしれない。
ここはどうやら、俺にとって最初からしっくりくる場所みたいだ。

もし本当に所属学習センターをここにしたら、別に視聴学習する必要のない日でも、向こう10年間、散策途中にこうして時間を過ごしたり、図書室から本を借りたりも出来るんだよな。

…なんかいい感じ。

4階に上がり、教室を隅から覗いていく。
殆どの教室で授業が行われていて、参加している学生の数も前回より多く、どこもほぼ満員だ。
それで、視聴学習室に人が少なかったのか。

見ると、みんな真剣な顔している。
俺がこの前まで出ていた研修とはえらい違いだ。

…なんかいい感じ。
本当にもう一度やれないかな。

家に帰り、研修期間中にチェックするつもりだった放送大学のHPを、今になってようやく開いてみる。
それに加え、前回持ってきた「学生募集要項」や「大学院」のパンフなんかを見ているうちに、どんどんその気になってきた。
大学院が出来たことは何となく知ってたけど、「臨床心理士」を目指す修士コースなんてのもあるんだ。

…ふーん。
…なんかいい感じ。

しかし、だ。

俺は明日から仕事に行くんだよ。
授業はテレビ・ラジオに限定して、留守録しまくってなんとかするとしても、肝心の「単位認定試験」に休めない。
登録料をドブに捨てるようなものだ。

…。

今までやろうと思えば出来たはずなのにすっかり忘れていて、やっとやる気になった途端思いも寄らぬ要素が、それも最悪のタイミングで入り込んで…これって確か「マーフィーの法則」とか言うんじゃなかったっけ。

こんな古くさい流行に今頃陥るなんて、俺らしいと言えば俺らしいか。

やれやれ。


(約2時間後)

ハンディモップでテーブル下の畳の埃を掃除していると、明日から通う会社の記事が載っている求人広告を釣り上げる。
少しの埃を払い、赤い丸印でチェックしてある箇所の「待遇」欄をよく読むと、なんとそこには、本当に小さい字だがしっかりと「半年後有給休暇10日付与」って書いてある。(おまけに賞与年2回。ホントかよ)

ってことは、入社日は12月15日で、単位認定試験は7月25日〜31日だから、間に合うじゃん。
お金貰いながら、試験も受けられるのか。

…いいかも。
これは、いいかも。

来年の2月16日までか。
えっ、インターネット出願なんてのもあるよ。
ホントに便利な時代だな。


明日は、13:40出勤だから、今日はこのまま「なんかいい感じ」を出来るだけ引っ張って、長い夜にしよう。
長い時間「面白そうなこと」を考えるなんて、最近あまりなかったし。

本当ならもっと早く、研修中にこうしたかったんだけど、実際そんな余裕は全くなかった。
これから仕事に入ればそうなることも、もっと多いだろう。

だから、「いい感じ」が向こうから不意にやってきたら、「育てる」ことを学ぼう。

流木に掴まりながらだって、リンゴくらい囓れるはずだ。
何も見過ごす事はない。
有り難く、いただこう。

この「なんかいい感じ」を育てよう。
「闘わない」こととも共生できるはずだ。

自分の中の「いい感じ」を消さずに大きく育てることが出来たら、それがいずれ今の里山のような存在になってくれるかもしれない。

現実の丘陵に加え、自分の心の中に散策出来るような「里山」が出来たら、俺はひょっとして大丈夫なんじゃないか。
よくわからんが。

とにかく、近くになんか気になる森を見つけたぞ。
「八国山か…前に行ったことあるはずだけど、あんまり覚えてないな」
ここに引っ越してきたとき、こう思ったはずだ。

再度森に足を踏み入れて、どうだった。
俺を助けてくれる大事な場所になったじゃないか。

放送大学も同じにはならないか。
「デジャビュ」だよ。
もう一度、最初は尾根道だけでもいいから、足を踏み入れてみるんだよ。

…なんかいい感じ。

そうだ、この気持ちとも闘うな。
どうせ闘ったって勝てやしないんだ。

このままでいいんだ。
このままで。






名前

内容



 ■ 2003/12/21 (日) 思い出した


いつも丘陵を歩いていて、どこかでここのイメージにピッタリな曲を聴いた気がしていたんだけど、どうしても思い出せないでいた。

でも今、思い出した。

スカーレットだ。
スピッツの。

ああ、よかった。
すっきりした。


名前

内容



 ■ 2003/12/20 (土) 谷戸


顔の「おでき」はかなり回復。
薬なんかつけてないから、やっぱりストレスから解放されて自然治癒力が働き易くなった結果なのだろうか。

午後から丘陵へ行く。
1週間ぶりだ。
葉もかなり落ちて、冬本番も間近という感じ。

最初の上りですでに息が切れる。
たったの1週間でこれじゃ、先が思いやられる。

研修で来れなかった分を取り戻すかのように、ガツガツ歩く。
八国山のいつものコースをハイペースで歩破したもののもの足りず、休まずに隣の鳩峰山に向かう。

いつものように鐘を3回打ち、鳩峰神社にお参り。
今日はここで闘ったと言われる侍、新田義貞と彼の軍陣を特に意識して、鐘を鳴らした。
意味は多分あるが…上手く言えない。

次はすぐ隣の水天宮様にお参り。
双方ともに、ご無沙汰しているお詫びと、何とかやっていけていることに対してのお礼をする。

散策路を過ぎ、鳩峰山を後にするもまだ満足できず、八国山お気に入りの場所を「おかわり」することにした。

今日は、幾つかある候補から、ほっこり広場のさらに奥の「谷戸」とそこから尾根に戻る坂道をおかわりした。
雨が降ると水が円を描くように流れて溜まり、短期間だけ池のようになってしまう場所だ。
そして、ここから尾根に向かう土を盛った散策路と短く急な上り道は、いまだに落ち葉の絨毯が健在で、坂の両脇には横の斜面を小枝で作った柵のようなものがあり、それが幾重にも落ち葉を堰き止めている。
いかにも「人の手が入った」里山ならではの場所なのに、何故かいつも静かなのがいい。

今度は急がず、この辺り一帯で足を止めて「上を向いて」紙飛行機のようにゆっくり落ちる葉を眺めながら、好物の疑似潮騒を待つことにした。
するとしばらくして、こんなに密集している木々の「1本」だけが何故か揺れていることに気づく。
徐々にというより、何かの拍子にいきなりその動きは大きくなり、隣の木と接触し音が鳴り出す。
その後何故か少しのタイムラグがあって、またしてもいきなり周囲全体を大音響の疑似潮騒が包み込んでいく。

…なんて気持ちいいんだ。

ここにこうして一人立っているだけで満足するなんて、なんて安上がりなんだろうと自分でも少し呆れる。
しかし「好きな娘の可愛い癖を新たに発見したような感じ」…なんて言ったら、分かってくれる人もいるだろうか。
いや、余計気持ち悪いか。

そして、こんな動きは、坂を下っている時ではなかなか気が付かない。
幹の真ん中から下は微動だにしないことに加え、当たり前だが、足下に気を取られているからだ。

ちなみに、俺が転倒したのもここ。

無理矢理この場所を味わい尽くそうとして、坂を「下りながら」上を見上げた結果だ。
充分気を付けたつもりだったが、落ち葉の中に隠れてた小枝に足を取られ、あっさり滑って転んだ。

上りでは、足を滑らせても転ぶという恐怖心がそもそもない。
だから、歩くことそのものが楽しめるし、周囲に目が向き、時に「上を向いて歩く」ことだって出来るんだ。

俺の人生にはもう上りはない。
下るだけだ。

だからって「転びたくない」と「楽しみたい」という望みくらい持ったっていいだろ。
それには、絶対に「立ち止まれる」場所が必要なんだよ。
でも、「下り」で立ち止まるのは、それだけで充分キツイ。

だからこそ、仮にそれが造園されたものであっても「広場」や「谷戸」が必要なんだ。

そのうちで最高のものが「主夫」。
「主夫」、「主夫」なんだ。

もう一回言ってやる。
「主夫」だよ。

「警備会社の準社員」なわけないだろ。

谷戸の落ち葉を見て楽しんでる俺を変態扱いしないって言ってくれるなら、家で家事と育児だけしていたい俺のことも受け入れてくれよ。

同じだろ。
どこが違うんだよ。

転びまくって、泥だらけでやっと主夫まで下りてきたんだよ。
なんで、また急坂を上り下りしろなんて言い出すんだ。
もう出来ないんだよ、そんなこと。

わざわざ無能を晒しに、朝5時に起きる生活なんか嫌だ。
あと1日の猶予しかないなんて、信じられないよ。

きっとまたすぐ顔中に吹き出物ができる。
お前のせいだ。



名前

内容



 ■ 2003/12/19 (金) 研修終了


6:00 起床。
7:18 電車に乗る。
8:45 研修場所に到着
9:00 研修開始
11:45 昼休み
13:00 講義再開
18:00 終了・解散
19:55 帰宅

一晩寝ても、まだ顔のおできは治ってない。
とはいえ膿は乾き、瘡蓋(さかぶた)のようになってはいるが。
ストレスに負けた無力感と、自然治癒力の力強さとが混合した気持ちで、最後の研修に臨む。

「おい、朝から寝てちゃダメだ!」

背中を2回軽く叩かれ、目が覚める。
まだ1時間目だ。
最終ラウンドの開始ゴングを聞くや否や、睡魔の猛攻に耐えきれず遂にKO負け…というところか。

瞬間、「採用取り消しだ!」と言葉が続くかと身構える。
正直、ここまで何とかやり過ごし、研修最終日にそうなったら、いくら俺でもさすがに一瞬は凹むだろう。
しかし同時に、そうなればまたしばらくは、かつての「ハローワーク⇔家」のループに戻れるから、それもいいか…などと思うに決まってる。

俺はそういう男。
5日間くらいの研修なんかで変わるかよ。

しかし、その後も淡々と講義は進み、最後に出題箇所が予め宣言されていた「警備業法に関するテスト」と、この研修全般についてのレポート制作を以て、研修は終了した。

そして最後に、各事業書の責任者に渡す「警備員登録証(?)」のコピー(?)の入った封書とタイムカード兼用の「ID磁気カード」と「ネームバッジ」、それに「労働契約書」を手渡されてる。
すでに採寸済みの制服は会社から直接事業所へ郵送するようだ。

研修が始まったときから感じていたが、本当にちゃんとしてる会社だ。

丘陵の入口みたい。
そこもちゃんと看板が出て、人の腕ほどの丸太で作られた階段が「敷居の高さ」を解消し、安心感を与えてくれる。

そして、それは…一旦落ち葉でも積もれば、主夫願望を捨てられない無能な男をして、歯が浮きそうな言葉を言わせしめる程快適な尾根道がそれに続き、「登山」ほどキツイことは決してなく、かと言って「トレーニング」をしようと思えば自分を鍛えることにも最適で、おまけに池も広場もあり、バードウォッチングも出来て、最短距離で尾根を突き進めば「駅」もすぐ近くにある…「丘陵」の入口だ。

しかし、だ。

こんな「丘陵」でも、俺は不様に転ぶんだよ。
あんなに気を付けていてもダメなんだ。

「山」じゃない、「丘」でだ。
恥ずかしい叫び声まで上げて。
服も泥だらけにして。

そして、こんな情けなさを感じながらも、その後も俺はここに通っている。
理由は二つ。
一つは、ここが嫌いになれないから。
そんなことがあったくらいで、ここの良さは薄れたりはしない。

もう一つは、ここが拒まないから。


…気持ちがどうあれ、流されていくことにした。
それなら、ここが好きになれるなら、それに越したことはないだろう。
研修に集まった男性の顔ぶれが、全員年金を貰える年代の「白髪」であることからも分かるように、幸いここは「挑戦」「登山」などとは一線を画した、「散策」「里山」の性格を持つ職場だ。

それなら仮に転倒しても、通い続けるのもいいだろう。

しかし、ここは企業だ。
丘陵は俺を拒んだりしないが、会社は違う。

「ちゃんとしてる」会社が「勝手に転倒した」社員、じゃなかった準社員にどういう対応をするかなんて、考えるまでもなく明白だ。

その時「無力感」はより大幅に増幅されて、顔面に思い切りぶつけられるに違いない。

でも、俺はもう闘わない。
無力感がこれ以上大きくなってしまっても、放っておく。

「自然治癒力」が発揮されるにも、そんな気持ちになれた時に初めてそうなる気さえする、なんて言っても負け惜しみにしか聞こえないだろうか。

でも、本当に今はそんな気がするんだ。
本当に。




名前

内容



 ■ 2003/12/18 (木) 4日目


5:45 起床。
7:20 電車に乗る。
8:45 研修場所に到着
9:00 研修開始
11:45 昼休み
13:00 講義再開
18:00 終了・解散
19:40 帰宅

「エイッ!、ヤアァー!」

.…警棒の実技。

ギャラリーの女性二人のうち、一人は我慢するも耐えきれず吹き出す。
もう一人は頬杖を付きながら苦笑している。

前回の護身術の時と同様、役に立つ可能性の極めて低いものを、こんな恥ずかしい形でやらされることに大きなストレスを感じる。
でも、俺は少しだけ似たような武道を囓ってたことが役だったのか、なんとかごまかせた。
講師も「若いだけあって、なかなかいい」とのこと。
しかし、おじさん達のそれは、見ているこっちの顔が赤くなるくらい痛々しいものだった。

「警棒を元の位置から動かさない」
何度言われても、たったこれだけのことが出来ない。
しきりに説明に頷くも、一旦「始め」の号令がかかると、時代劇の十手持ちのような「ポーズ」をとってしまう。
その度に女性のみならず、他の研修生からの笑い声も大きくなる。
彼らは、もうごまかし笑いも出来ない。

それを何度繰り返しただろうか。

俺は笑えなかった。

全然、可笑しくはない。
ただ哀しい。

彼らの硬直した顔を見ろ。
自分がどう足掻いても出来ないことを、あらためて自分に、それも人前で突きつけられた時、どんな気持ちなのか知らないのか。

どうしようもないこと、そして、その責任を自分に帰することしか許されないことの恐ろしさを知らないのか。

俺は知ってる。
もう散々、嫌と言うほど味わってきた。

まさか、直接自分がそれに体験することもないまま、こんな形で見せつけられるとは。
俺もそのうちまたこんな経験するのだろうか。

おかげでその講義が終わってもしばらくは、何か気持ちがざらついたままだった。

それでもなんとか今日の全講義を終える。
気を取り直して、研修生同士で雑談しながら駅に向かって歩いているとき、口元に違和感を覚える。
何気なく触ってみると、なんと左右の頬と口元に、多数の「できもの」が出来ていた。
本当にひどい。
白く膿んでるものまであるよ。

あの講義を受ける直前にトイレで鏡を見たときには何もなかった。
むしろ、今朝は髭を剃らなかったから、剃る回数を減らすとやはり肌の痛み方は違うんだなぁ、と思うくらいきれいなはずだったのに。

やっぱり「大丈夫なふり」なんかしたって無駄だ。
身体がそれを、あっさり暴いてしまう。
おじさんだけじゃない、俺もあの状況に適応できてなかったんだ。

まぁでも、このまま、このまま。

いくら環境にアジャストメントできなくとも、今はこの流木を無頼を気取って手放すようなことはせず、潮の向くまま流されるしかないんだ。
たとえ、どんな気持ちになっても、それと闘わず、その気持ちのまま、ただ動こう。
嫌な気持ちでも、それと闘わず、そのまま行くんだ。
自分の気持ちを自分でコントロールしようと思うことが、すでに失敗だ。

自分と闘うべき「自分」なんて、俺はもう持っていてもしょうがないじゃない。
でも、人と闘って勝てないことを公言するや否や「それならまず自分に勝て」って言い出す人って必ずいるんだ。

ほら、見てくれよ、この顔。
ちょっと自分と闘ってみたらこの様だよ。
それとも全身がブツブツだらけになるまで許されないのか。

ラストサムライ、カッコイイけど俺には無理。
凄く憧れるけど、勘違いしたチンピラになってしまうのが落ちだ。

「人生は戦いだ」なんて言えるのは、勝てるチャンスを持っている人だけだ。
自分が勝者になりたいからって、既に負けている人間を探すな。

そう思える人が俺を探しあてるのは必然かも知れないけど、俺だって他人を勝者に持ち上げるために闘うなんて嫌だ。

ターミネーターになりたいなら、まずランボーとでも闘ってみろ。
でもそんな脚本じゃ、「主夫」は出演を承諾しない。
エキストラでもお断りだ。

身体が闘いを拒否してるんだ。
しょうがないだろ。







名前

内容



 ■ 2003/12/17 (水) 3日目


5:45 起床。
7:20 電車に乗る。
8:45 研修場所に到着
9:00 研修開始
11:45 昼休み
13:00 講義再開
18:00 終了・解散
19:45 帰宅

まさに「続編」な一日。
ほんとうに「そのまま」続いてしまっている。

いいのかどうかは知らない。
ただ他にどうしようもない。

苦痛は前日までに比べ和らいだ気がする。
慣れか。
睡魔があまりにも巨大なことには変わりないが。

午後から遺失物法、応急手当、避難誘導…などやっと「警備員」に関係の強いテーマに入る。
実際に仕事に就いた時のことを想像できるテーマの時は、眠気も少しごまかせる。

おまけに「護身術」の講義もあり、俺はその「受け」をやらされる。
この教育担当者は、俺の「元警備員」の経歴を知った上でそれを試すように、俺を指名したに違いない。

講師「武道の経験はあるのか」
俺「空手を」
講師「どれくらいだ」
俺「半年」
講師/クラス中「プッ(失笑)」

何が可笑しい。
本当のことだ。

肩をぶつけてくるチンピラ役をやらされる。
合気道のような関節技や、膝での金的攻撃、かかとで足の指を踏みつぶす技などを演武する。
どれもこれも、絶対に実戦で使えない。
本当に使おうと思うなら、数年間毎日稽古しないと無理だ。
これじゃ、空手歴半年の自暴自棄にも太刀打ちできないよ。

心の中で嘲った。
だって本当だろ。

しかし、本当に真面目に丸一日授業をするのにはびっくりした。
そんなもの形式だけで、遅くとも3時頃には帰れると思ってたよ。
それ以外にも、車通勤希望者には、乗ってる車の排気量まで聞いてるし。
聞いてどうするんだ。

終業時に、各事業所から初の連絡事項を受ける。
俺は22日の13:40から仕事開始とのこと。

…後2日研修を受けておしまいじゃないんだな。
それにしても、俺は本当に働くのか。
…22日からって、本当にすぐじゃないか。

余計なことを考えるのはやめよう。
考えて何かいいことがあるのか。
いいことを作れるのか。

泳げないんだ。
流木に掴まれるだけ幸せだと思え。

思い上がるな。

このままでいいんだ。



名前

内容



 ■ 2003/12/16 (火) 2日目


5:45 起床。
7:20 電車に乗る。
8:45 研修場所に到着
9:00 研修開始
11:45 健康診断に隣駅まで行かされる
13:00 健康診断開始
14:30 終了・解散
16:00 高田馬場で食事、古本探しの後、帰途につく

講義は相変わらず、本当にきつい。
何しろ、講師は元警察官にもかかわらず、レジュメにある刑法だの、刑事訴訟法だのに一瞬触れたかと思うと、いきなり「鬼平犯科帖」だの「お江戸でござる」だのの話に飛び、それが単に脱線しているだけではなく、とてつもなくつまらないのだから手に負えない。
彼と彼の趣味に付き合える一人の研修生の乾いた笑い声のお陰で、やっと睡魔と互して闘っているという感じか。

これが後3日間も続くのかと思うと、心の底から辟易とする。
講義中、何度も今日の丘陵の様子を想像する。
もうぬかるんだ足下も乾いて、新しい落ち葉も加わっているだろうから、今頃静謐な森の中をただそれを踏みしめる音だけを感じながら歩いたり、空から不意に落ちてくる落ち葉のシャワーを浴びて顔を綻ばせている人もいるんだろうなぁ…なんて思うと、もったいなさが身に沁みてくる。

健康診断で場所を移動する時には、回りの人と話をした。
女性とも話した。
よく見ると二人ともちょっときれいだ。

一人は荻野目慶子似、もう一人もTBSの女子アナ(名前知らん)に似ている。
だからどうするわけでもないが。

彼女たちに限らず男性とも話をしたが、その内容と言えば、どこから来ているのか、電車は何線なのか、何処に配属される予定なのか、仕事の内容はどんなことをする予定なのか…など、ごくありきたりなものだが、それでも大げさに言えば、潜在的な「敵」を倒した、というくらい、相手に対する変な緊張感が取れ、体から余計な力が抜けていく。

考えてみると、妻以外の女性と話すなんて、本当に久しぶりだ。
女の人がただそこにいる、というだけで、気持ちが和らぐ。
俺も、他人に対してそんな存在でいられたらなぁ、などとよく思う。
経験上、そういう能力が高いのは圧倒的に女性の方が多いと思うけど、潜在的には男性にもそんな力はあるはずだ。

でも「ただそこにいる」という海に入るや否や、いつもあっという間に溺れてしまう男達は、すぐに救命ボートに命乞をするのが常だ。

それには「パワーゲーム」という名前が付いていたりすることも多い。

ここの男性諸子の中にもその類の人が複数いる。
上記したような何でもない話をしている時でも、いきなりそのバランスを強引に崩し、とにかく小声でボソボソと「自分の過去」についてを、話し出してくる。
相手が全然違うことを話していても、お構いなしだ。

自分がいかに大きな「ウダツ」を上げてきたのか、という話をいつまでも続けている。
さらに、彼らに共通しているのは、相手の話を聞くのがあまり上手くないということか。

不思議なのは、それで会話のラリーが成立(?)しているということだ。
ただ「言った」というだけで、お互い満足しているのか。
不思議だ。

さらに、女性と話をするときには、その傾向がさらに強まるのが彼らの可笑しいところだ。
いや、可愛いところ、と言うべきか。
彼女たちのナチュラルな明るさも、これには歯が立たないのか、気のない相づちを打つのが精一杯だ。

俺もあの位の年齢になったら、彼らにようになってしまうのだろうか。

…いやいや、何を偉そうなこと言ってるんだろうか、俺は。
彼らはこの「パワー」でここまで生き延びて、今ここにいるんじゃないか。

俺はと言えば、最初からそのゲームの敗者として無能を晒したまま、ここにお情けで入れて貰ってるようなものだ。
初日の書類作成時に「…妻の扶養になっているんですが」なんて質問したのは、俺だけだったじゃないか。

彼らこそ、今の俺を見て「俺が今のお前の年齢だった頃はもっと凄かった」「なんて情けないんだ、この男は」と思っているに違いないんだ。
何しろ高度成長もバブルも彼らが演出してきたんだ。

本音を言えば、そんなゲームに参加したくない、と言う気持ちには今も変わりはないが、だからと言って、俺が彼らにあれこれいう資格もまたない。
彼らに失礼だ。

とにかく後3日間、この気のいい人達の中にいて、ただ座っていればいいんだ。
睡魔と闘うのは正直きついが、仕方ない。

とにかく流されていればいいんだ。
俺には他にどうしようもないんだから。

思い上がるな。

このまま、このまま。



名前

内容



 ■ 2003/12/15 (月) 研修初日


5:45 起床。
7:35 電車に乗る。
9:10 研修場所に到着
9:30 研修開始
11:45 昼休み
13:00 講義開始
18:00 解散

一体なんなんだ。

住所、氏名、本籍、ハンコ…を何回繰り返し書いただろうか。
もう何の書類を書いたのか、全て忘れてしまった。
っていうか、思い出したくない。
こんなに無味乾燥な時間を過ごすなんて、これまでの生活じゃ、まずあり得ない。
なんと午前中はこれを繰り返すだけで、本当に終わってしまった。

自分の一番身近なことをこれだけ繰り返し書かされると、自分の存在を「本当にお前なんだろうな。本当なんだろうな。」とテストされているような気分だ。

その揚げ句に「氏名コード」なんてものを当てられる。
「じゃ、これからは、全てこれであなたの情報を管理します。忘れないように。」だって。

まさに「捕まった」って感じ。
「初期化」されたとも言えるか。

こうして「捕獲された」のは、 俺を入れて男性6人、女性2人。
すでに働いていて、新任講習じゃない人もいたようだから、明日には少し数に変動があるかもしれないが。

ちなみに男性で、禿げも白髪もないのは、俺だけ。
女性は事務が主だが、一部ビル管理をすることがあるかも、という理由でこの研修に参加させられているようだ。
二人とも、30代前半という感じ。

これじゃぁ、休み時間に話す相手もいないよ。

午後からは「講習」。
もと某市の警察署長だという男性顧問と会社の担当者が1時間づつ交互に行い、全部で4講義。
それぞれA4のレジュメを準備していて、警備業法、憲法、警備業の歴史/概要、会社の沿革…等々、全然面白くない(が、何故か他の人にはうける)雑談を加えながら講義をする。

俺は「現在警備業界に従事する人口は?」と問われ、「見当が付きません」と言ったが、この会社の担当者の講師に思い切り不愉快な顔されたので、すっかり舞い上がってしまい、慌てて1桁違う数字を言い放ち、今度は鼻で笑われる。
しかし、この直後「制服」について話しているとき、女子の消防の制服を堂々と「パイロット」と言った人がいたので、救われた感有り。

後はとにかく睡魔との闘い。
こんなに手強い睡魔に出会ったことはないくらい、眠い。
これだけ長い間、話を聞き続けているのに、心に引っかかる事が何一つないなんてことがあっていいのか。
本当に眠い。

っていうか、堪えきれず少し寝たが。

最後に制服を実際に試着して、サイズチェック。
ボタンだとか帽子のデザインが、変にデコラティブというか、気取ってるという感じで、気に入らない。
試着用だけなのかもしれないが、シャツなんかオレンジ色だよ。
大丈夫か。

やっと終了…という時になって、「明日は今日より30分早く来て下さい。8:55迄には部屋にいるように」と言われる。
今日以上に眠い一日なんて想像できない…なんて思っているとさらに、「それから明日は健康診断だから朝食は食べないで来ること」なんてことを、さも当然のように言われる。

空腹と眠気…遭難者か。
オレンジのシャツ着てたら、誰か助けにきてくれるのか。

これでまだ初日、講習の1/5だよ。
大丈夫か。

帰ってきたら、放送大学の事を調べよう、と決めていたが、中止する。
もう風呂に入って、寝ないと。

本当に疲れたよ。






名前

内容



 ■ 2003/12/15 (月) 学生


午後から散策。
明日からは、自分の裁量で生活をコントロールできなくなるのかと思うと、暗澹たる気持ちになる。

昨日坂で転んだことをまだ引きずっているのか、この好天にもかかわらず、丘陵は避けた。
代わりに選んだのは「玉川上水〜野火止用水」コースだ。

このコースを取ると、萩山駅から青梅街道駅、そして一橋学園駅を経て、玉川上水緑道に出るまで、車と並行して歩くコースを45分も進まなくてはならない。

そして、さぁ、そろそろ緑道だ、というところで妙に新しい建物に目が止まり、それと同時に今までずっと忘れていた事にハッと気が付く。
それは自分のもう一つの肩書き。
「学生」。

一橋学園駅の先を少し行くと、上水緑道沿いに、一橋大学小平キャンパスがあることは知っていたが、なんとその構内に「放送大学多摩キャンパス」なるものがいつの間にか出来ていたのだ。

その正門に「生徒募集」の看板。

…ウソ…こんなのいつ出来たの。
…俺もそういえば、学生だったはずだけど。

俺はウォーレットの奥に学生証があることを確認すると、門番の警備員に見学可能かを尋ね、中に入ってみた。

まだどこもかしこも新しいように感じる。
その中でも特に目立つ、門の真正面にある真っさらな建物の3・4階が放送大学だ。

ステンレスの印象が強いエレベータで3階に上がる。
奥の視聴室には、20代から60代と思しき、まさに老若男女が熱心に画面に向かい、ノートをとっている。
受付の前には、極々小さいが中庭みたいなテラスもあり、自販機が充実してる学生控室にも、何やら熱心にノートを見返す人が2、3人。

4階にも行ってみた。
「政治学入門」と書かれている奥の部屋を覗くと、黒板には見慣れないカタカナの専門用語が殴り書きされているが見える。
教科書を机に置いたままの先生の大きな声が、廊下まで聞こえてくる。
隣の教室では、小論文を書かされているのだろうか、タイトルが大書きされた黒板の前に先生らしき人が座り、学生は全員机に顔を伏せて、ペンを走らせている。

…なんかいい感じ。

もう一度3階に戻り、再度ひととおり見て歩く。
そして廊下に入学案内と各種小冊子を見つけるや否や、反射的にそれら全てをリュックに詰め込んだ。

妙に高揚した気分のまま、門番の警備員に挨拶してキャンパスを後にする。

再びウォーキングを再開し、お目当ての緑道にたどり着いたにもかかわらず集中できず。
このまま気持ちが冷めてしまうのを自分でも恐れたのか、不意に携帯を取りだし、念のため前に所属していた学習センターへ在籍確認を頼んだ。

ところが結果は「4期続けて科目登録しなかったため、この3月で籍は抹消になる。ただし、1月に面接授業の集中講義を受講して合格し、単位を取れれば、後4期間在籍可能」とのこと。

…1月に1週間ブチ抜きの面接授業なんて無理だ。
ということは、3月で籍は抹消されるのか。

残念…と一瞬思うも、今回は珍しくこれにめげずに、「それなら4月から再開すればいいか。今までの単位が消えるわけじゃなし。」と、何故かあっさりと気持ちは切り替わった。

帰宅して、食事の支度して、風呂に入って…ずっと、そのことばかり考えている。

あっ、忘れるところだった。
明日から、研修で朝早いんだっけ。

まぁ、それはどうでもいいや。
どうせ長年無職→やっと主夫(兼見習いライター1年)なんだ。
どう繕ったところで、ろくなもんじゃないのは間違いないんだ。
今さら何をしたって同じだ。
このまま行けばいい。

…それより、どうしよう。
「面白そうなこと」が新たに見つかったのだろうか。

やってみたい科目では、日本史が一番の興味だけど、それに限らず色々な分野の歴史やってみたいなぁ。

…どうしようか。

気が乗らないまま意地張って丘陵に行かずに、平坦なコースをで「上を向いて」歩いてみて、よかったかな。
さしずめ、八国山に例えるなら「ほっこり広場」か。
あそこも、急な下り坂を下りて、すぐの所にあるし。

歩き疲れたら、ベンチでお茶を飲むのもいいだろう。
それが例え¥100ショップの烏龍茶でも、あんなに美味しいじゃないか。

今さら何の役にも立たない「学校」や「知識」でも、俺がそこに「面白そうだ」と思えるものがあるなら、それで充分なはずだ。


明日帰ってきたら、少し詳しく調べてみよう。





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 ■ 2003/12/13 (土) 転倒


妻の出勤と同時に娘も義母の元へ。
俺の生活もそれに合わせいつものパターンに戻る。
と言っても、あと2日だが。

午後から丘陵へ。
ふもとから見上げる丘陵は、ヒンヤリした冷気を山全体から放射している。
いよいよ近づくと、ある地点からまるで境界線を引いたかのように、はっきり「ここから」と分かるくらい急に寒くなる。
こんな強い冷気を感じるのは今季初めてだ。
なんだかウズウズして、歩くスピードも自然に上がってくる。

ところが実際に一歩山に踏み入れてみると、昨日の雨で足下はぬかるみ、滑る。
頼みの落ち葉も、風雨で落ちたものが表面を覆っているためか、それ自体黒く汚れて濡れ滑り、もはやかつての「絨毯」からはほど遠い。
「かつて」といっても数日前なんだが、もうその時とは全然状況が違う。
それでも上りや、葉の多い所は何とかなるが、落ち葉の少ない下りになると、もうだめだ。

まるでスキーの「ボーゲン」のような格好で、一歩一歩内股で、足下を確かめて降りる。
その間は、日を受けて輝く木々はおろか、大好物なはずの(疑似)潮騒も殆ど耳に入らない。
ただ「転ばないように」を考えて歩く。

やっと幅の広い平坦な場所に出て初めて、周囲を見る余裕が出る。

すると、少しも歩かないうちに、一瞬「雨?」かと思う音に囲まれる。
しかし、雨などではなく、なんとそれは風を受けて葉が落ちる音。
足を止めて、じっくりその音を味わうことにした。
すると、枝にしがみついていた葉が強い風に一気にはがされ、今度はまるで本当の雨のように、最初は遠くで横殴りに流れて行ったかと思うと、それからそれが徐々にこっちに近づいて来る。
一気に来るかと思いきや、それは方向を微妙に変えながら滞空時間を競う紙飛行機のように漂い、最後にはそれに加え後ろからや近くの落ち葉も加わって、全身にシャワーのように降り注ぐ。

この音といい、風の感覚といい、何と気持ちのいいことか。
何故、もっと早くこれに気が付かなかったのだろうか。
恐らく「すでに、そこにあった」はずなのに。

「今日も来てよかった」と思いながら、尾根に再度上がりもう一度獣道を下りるコースをとる。

そこで俺は転倒する。
ちゃんと「ボーゲン」歩きで、ジグザグに刻みながら慎重に下りたはずなのに、ズルッと。
情けない叫び声のおまけ付きで。
幸いケガはないが、アメ横で数年前に買ったカーゴパンツと、肘から上は泥だらけだ。

瞬間、CMの映像が頭をかすめる。
何のCMかは忘れたが、「見上げてごらん夜の星を」のヤツ。
平井堅と故・坂本九が一緒に演っている、デジタル技術の力をあらためて感じさせるあれだ。

夜に星を見上げるには「平地」か「緩い上り坂」である、という条件は必至だ。
「上を向いて歩こう」も似たようなもの。
そう言えるということ自体、「平坦な道」か「(緩い)上り坂」にいる、ということを表している。

俺はそうじゃない。
下り、それも雨でぬかるむ道を下ってるんだ。
それも獣道の。
「下る」こと自体、引力に引っ張られてるんだ。
そこでは「立ち止まる」だけでも、かなりの力が要るんだ。

そんな状況で、上なんか向いて歩けるか。

足下に気を付けて、慎重に歩いても転ぶんだ。
上を向けだなんて、無茶言うな。

何が「癒し系」だ。
ぬかるんだ下り坂を歩くような人を癒してこその「癒し系」だろ。

あの時も「尾根からもう一度獣道を下りる」なんて事はせずに、そのまま「景色の良い平坦な道」を選んで帰ればよかったんだ。
それなら他にも数カ所あるはずだし。
「ほんの数日前でも、今とは全然状況が違う」って分かっていたのに、軽く見たんだ。

…今の俺も、この「獣道」を行こうとしているのかも。

きっと転倒する。
警備なら経験もあるし、何とかなるなんて思ってる。
…だけどそんなに仕事って甘いもんじゃないよな。
当たり前だ。

里山で滑る、どころじゃない転倒になるかもしれないんだ。

そもそも「里山」で充分幸せなのに、何故下りる必要がある。
里山の「平坦な場所」にいて、満足してる俺がそんなに不愉快か。
どうしても、俺が転ぶところが見たいのか。

さぁ「上を向いて歩こう」と出来もしない俺を無理矢理引っぱり出しておいて、予想通り転ぶと「何してるの」って言うんだろ。

後2日しかない。
後2日で、転ぶんだ。
ボーゲン歩きでも転ぶんだ。

考えすぎだろうか。
でも、今日を境に「ここから」っていうくらいはっきりと、強い冷気を感じてる。

ウズウズなんかしない。
ただ寒いだけだ。



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 ■ 2003/12/12 (金) 育児


妻を送り出す直前、義母から電話。
病院に検査に行くから、今日は娘を預かれないとのこと。

やった−!
5時過ぎに妻が帰宅するまで、娘と二人で過ごす。

ごはん食べさせて、おもちゃで遊んで、NHKのチョコランタン見ながら部屋を駆け回って、絵本を読んであげて、オムツ変えて、ぐずっているのをあやしながら寝かせて、その間に家事して、おやつ食べさせて、またオムツ変えて、遊んで…

嬉しい。
楽しい。

これでいいじゃん。
これ以上のことなんてないじゃん。

何故ダメなんだ。
マジで。

本当に15日から、俺は研修になんか行くのかな。

明日もパパと一緒がいいよね。
いなくなると寂しいよね。

パパは寂しいよ。



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 ■ 2003/12/11 (木) 家事


雨のため散策は中止。

おまけに寒い。
日が暮れる前に暖房をつけたのは今季初だ。

暖房効果を高めるため、カーテンを引くと、もう真夜中と変わらない。
遮光式カーテンの効果で、部屋は真っ暗だ。

部屋を少し暖めたところで、家事を済ませる。
台所の洗い物の残りを少々、風呂掃除、床掃除、トイレ掃除…。
洗い物は少々面倒だが、風呂は石鹸の残りがカビの原因だというので、シャワーであちこち丁寧に流す、娘が触りそうなものはブラシで洗い、風呂釜はスプレーして流すだけ、トイレは汚物入れをきれいにして、便器はこれもスプレーして流して、周囲をふき取るだけ、床は「クイックルワイパー」でスイスイ…、畳は「自分の趣味で」酢水と乾拭き…。家具などはハンディモップであっという間におしまい…
仏壇に線香をあげて、〆とする。

世話ないよ、こんなこと。

それが片づいたところで、家事を開始する直前に水を張って戻して置いた干し椎茸の戻り具合を確認しつつ、冷凍庫から鯵2尾を出して、自然解凍させる。
この戻し汁はごはんや味噌汁に使うので、絶対に捨てない。
味噌汁は、これに加え、ミルサーで中骨や皮を擦って作る「つみれ」を入れるので、カツオや昆布の出汁は今日は不要だ。
刺身用の鯵は、鰯に比べ大きいので、その分つみれも沢山作れる。

昨日は煮込みハンバーグ、その前はカルボラーナと鮭アラのパテ、その前は確か、鶏モモの白ワイン蒸し…と妻の希望に沿ってきたので、今日は、独断で俺の十八番にさせてもらった。

ごはんはカブの葉を塩もみしたものを、蒸らしに入ったところで入れた好物の「菜飯」。

副菜には、常備菜の「ちりめんじゃこの含め煮」と「ブロッコリーの練りゴマ和え」にした。

(自炊生活を充実させたいと思いながら、今ひとつ続かない人は、メインの大物のレパートリーを増やすよりも、ごはんと味噌汁をベースに、これら副菜を「常備菜」として「作り置き」することをオススメします。
何なら、焼き海苔、梅干し…なども充分「副菜」になり得ます。
魚柄仁之助氏言うところの「出すだけおかず」です。

ごはんも予め日を決めておいて、一度に沢山炊いて冷凍→解凍なら、負担にならないでしょう。
ちなみに食品の保存法は「食品保存の便利帳/青春出版社」を参考にしています。
最低限これだけ知ってれば、問題ないと思います。)

(ちなみに作り方)

「じゃこ」
@じゃこを熱湯をかけて、塩抜きする
A@をごま油で炒め、馴染んだら酒、醤油、砂糖で味付け
B汁気が引いたら、いりゴマと、好みで一味または七味唐辛子や山椒をふる。(ちなみに今回は、山椒)

「ブロッコリー」
@サッと湯通し
A@を出汁汁と醤油で煮る
B練りゴマに砂糖と醤油を加え、すり鉢で当たる(練りゴマはいりゴマをひたすら擦るか、ミルサー使用)
CAとBを混ぜる

(情報源は殆どTVと本なので、その詳細を載せようと思ったけど、自分流に手を抜いているうち、オリジナルからかなり離れてしまったようで、どれを見たのかわからなくなってしまいました。)

それに、少しだけ残っていた梅干しと熱い煎茶で〆。

ちなみに朝は、彼女はパン、娘も、ベビーフードなので、あまり作らない。
自分の分も、パンや昨日の残りもの、冷凍ごはんなどで雑炊、ドリア、チャーハン、おにぎり、オムライスなどで済ますことが多い。
とはいえ、今日は二人のリクエストでフレンチトーストを作ったが。

これに「里山散策」が加わる「『専業』主夫の日常」ももうじき終わりか。
このままで俺は充分満足してるんだけどなぁ。
なんで、わざわざ外に出て行く必要があるんだろう。

確かに毎日のように里山を歩いてはいるけど、他に何もしないわけじゃないんだし。
俺が育児も全部するって、あれほど言ってるのに。
「孫の面倒を見るのはお義母さんの昔からの夢」だとかで、俺はずっと「補助役」。
娘と一緒なら、山は無理でも街を歩くぞ。
色々話しかけて。
白鷺も、ゴイサギも、ハクセキレイも、鯉も、ナマズも、桜も、そしてカワセミも山なんかに行かなくても一緒に見れるのに。

…その途中パチンコ屋で見かける、そこらの「主婦」に比べれば全然いいと思うんだけど。
なんで俺じゃダメなんだ。

…考えるのやめよう。
流されて行くことにしたんだ。

これでいいんだ。
考えるのはやめよう。




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 ■ 2003/12/10 (水) 不採用通知/冬枯れ


妻の休日。

午前中から新しくできたスーパー、いつものスーパー、ベビー用品店と自転車で駆け回る妻。
俺は、その間いつもの家事を済ませ、午後からいつものように里山へ。

一歩山に入ると「絨毯」だったはずの落ち葉も埃っぽく乾燥してその弾力を失っていることがすぐ足の裏から感じられた。
少し前まではっきりと黄色、赤、茶色と見分けられた紅葉も、ほぼ茶色一色に染まりつつある。
しかし、紅葉の盛りが終わってしまったことより、これからどんな冬枯れの里山を見られるのかという期待の方が大きい。
冷たい風の中、体がどんどん温かくなっていく感覚は大好きだ。
それを山で味わえるのかと思うと、ワクワクしてくる。

気分良く帰宅するや否や、いきなり玄関先で妻がそわそわしながら白い封筒を差し出す。

妻「○○ホテルから返事来てるよ。」
俺「えっ、○○ホテル??…なんで?…俺、応募してないよ。」
妻「あたしが出しといたの。」
俺「…はぁ???」

ハローワークで紹介されたホテルへの履歴書は、確かに紹介状を貰ってきたその日のうちに作って机の上に置いておいた。
しかし、その後、警備会社から採用通知を受けたので、もうその会社のことは頭から完全に離れ、そのまま放置して置いたのだが、どうやら彼女は、それを勝手に郵送したというのだ。

結果は、不採用。

バイトの警備よりも「ホテルマン」の方がいいってことなんだね。
もう、怒る気もしなかった。

妻は唖然とする俺を尻目に、「でも、まぁいっか。とりあえず一つ決まってるんだから。」なんて言ってる。

その「決まってる」という言葉をあらためて聞くと、「専業」主夫から離れることにだめを押されたような気持ちになり、今歩いて得た精気を一気に放出してしまった。

もう「ハローワーク通いで職探し中」という「ループ」を以て「防衛システム」とする毎日も、効力を失ったのか。
今思えば、そんなに悪いものじゃなかったのかも。

「不採用通知」の一枚一枚が、自分の無能さを突きつけられるという痛みであっても、数が溜まっていくに従って弾力を持ち、「絨毯」ように感じられる一歩手前まできていたのかもしれない。

里山だけじゃなく、実生活も冬枯れか。

でも、全然ワクワクしない。
そんな生活が、俺の体も心も温めることなんて出来るわけ無いからだ。


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 ■ 2003/12/09 (火) 書類


午後1:00頃 洗濯物を干す。
本当はその前に、洗濯機そのものを掃除したかったが、確かに買って置いたはずの洗濯機カビクリーナーがどうしても見当たらず、結局そのまま洗濯機を回したことをまだ少し引きずって気分が悪い。

部屋に戻る際、郵便受けをチェックすると、妻宛のダイレクトメールや手紙に紛れて、それらより少し大きめの茶封筒があることに気づく。
…採用が決まった会社からだ。

急いで開けてみると、A4の紙が5枚。
人事本部からの研修案内に始まり、地図、誓約書、身元保証書、それに採用通知だ。
採用通知には、入社時に提出する書類や持参するものについての記載もある。

誓約書(警備業法上必要)、身分保証書(連帯保証人署名)/誓約書、住民票、身分証明書(警備業法上必要)、銀行の通帳、郵便局の通帳、印鑑、…。

このうち、最初の2枚は同封されていたもので、ここに署名捺印するだけで事足りるが、後のものはあらためて入手しなくてはならない。

「なんだこれ…面倒くせーな。」
「…なんでこんなにあるんだよ。」

思わず口をついて出る。

それでも不明な点はネットで検索したり、直接会社に問い合わせたりしながら、コンビニでのコピー取りから始め、役所の出張所、郵便局へと駆け回り、何とか済ませた。
後は、本籍地のある区役所から「身分証明書」が届くのを待つばかりだ。

交通費受け取りのための口座を郵便局で作り終え、そこを出た時には、もう4時近くになっていた。

これでは丘陵まで行くのは無理だ。
仕方なく、某都営霊園〜多摩湖自転車道路のコースで1時間以上歩く。

いつもよりもかなり速いスピードで歩いた。
途中、おばさんや、学生の自転車を何度も追い越した。
そんなに速く歩く必要など無いのに。
気持ちに余裕がなかったのだろうか。

その後、駅で妻と待ち合わせ。
彼女の顔を見た途端に、連帯保証人が「2名」必要なことを急に思い出す。

帰る途中、またしても義母の家に立ち寄り、連帯保証人に署名捺印をお願いすることに。
義母は快諾し、夕食の準備を一旦止めて、丁寧に書いてくれた。

「こういう書類書いたりしてると、やる気が出てくるでしょ。」

彼女はそう言って俺と目を合わせようとするが、俺は、愛想笑いするのが精一杯。

彼女も分かって言ってるんだ。
俺がそんな男じゃないことを。

だが環境が変われば、それに連れて俺の考えも変わるとタカをくくっている。

「でもね、お義母さん、それは無理ですよ」
「あなたがどう考えようとも、あなたの娘は、こんな男が好きで、こんな男の子供を欲しくてたまらなくて、こんな男の家に自分から転がり込んできたんですよ」
「娘だけじゃない、あなたの孫も、今の俺で満足してるんですよ」

俺は心の中で、強く毒づいた。
そうしないと、本当に彼女の思惑通りに変わってしまいそうな気がしたから。

…最低だな。
帰る途中、ちょっと「月がきれいだね」と言っただけで、寒い中、足を止めてそれを一緒に見上げてくれる妻に、謝った。
また「心の中で」。








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 ■ 2003/12/09 (火) お義母さんといっしょ


11:00少し前、電話が鳴る。
今までに面接した会社の合否連絡は全て済んでいるので、俺は今度こそセールスの電話に違いないと判断し、留守電状態のまま、台所の洗いものを続けた。

しかし、またしても電話の声がよく聞こえないため、油もの洗い専用にしている¥100ショップのブラシを持ったまま、電話口に近づく。

声の主が特定できた瞬間、いつもの平和な午前中のひとときが一変した。
…義母からだ。

亡き叔父に似て、義母が留守電嫌いなことを何故か不意に思いだした俺は、義母が電話を切る前に、濡れたままの手で慌てて受話器を取った。

話の内容は、郵便局に行って、亡き叔父の株の配当金の受け取りをしてきてくれないかということだった。

受取用紙の裏には代理人欄があって、そこに署名捺印すれば、普通は本人でなくとも、問題なく受け取れるらしいのだが、何故か例の義母の兄が(嫌がらせで?)受取人の欄に、もう亡くなっている叔父の名を書き込んでしまったため、重ねて代理人欄に自分の名前を書いていいものか分からないし、かと言って、受取人名を叔父にしたまま、女性である自分が行けば受け取れないから、というのがその理由だ。

…一体何やってるんだ、この兄妹は。

こうして、いつもの葉や木々の音で賑やかな里山散策の予定は消え、代わりに、テレビと義母の一方的な話し声だけが支配する静謐な一日が始まった。

言うまでもなく自分の状況は妻から義母に筒抜けなはずだが、俺は一応自分の口から、警備・ビルメンテナンス会社の採用通知を貰い、15日から研修が始まること、そして、それまでの間は就職活動は完全に止めず、少しでも良い条件を探すいつもりであることを話した。

義母は当然という顔で、おざなりに祝辞を言う。

しかし今日はいつもと少し感じが違う。
確かに、嫌な緊張感を伴う居心地の悪い静けさが支配することには違わないが、彼女の言葉の端々にいつもとどこか違うものを感じる。

諦めとも、励ましとも、達観とも、応援とも、また無関心ともどこか違う。
それをよくこねて、一晩寝かせた感じとでも言うのか。

…俺だけじゃなく、義母も心を痛めているのだろうか。
だとするなら、それが娘や孫をを心配する気持ちからのものであることは、いくら俺でもわかる。
俺が原因で。

俺は義母の考えに従うつもりはないが、別に義母を傷つけたいわけじゃない。
むしろ、元気でいて欲しいと思う。
当たり前だが。
しかし、だからと言って、自分を変えられるわけでもない。

いつもここで混乱する。

……一体何やってるんだ、俺は。

流木にしがみついて、流れに乗ってやっとサバイバルしてるんじゃないか。
流れに抗うなんて、思い上がるな。

泳げないんだ。
この流木を手放すな。

忘れるな。
俺は泳げないんだ。

沈まずに流されているだけでも幸せだと思え。
考えずに、このまま流されていればいいいんだ。


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 ■ 2003/12/07 (日) 妻の休日/川越散歩


妻の休日。

妻「ちょっと、早く起きてよ。帰りが遅くなっちゃうでしょ。」
俺「…えっ、どこ行くの。」
妻「どこじゃないよ、あなたも行くの。川越。」
俺「川越?なんで?」
妻「最近行ってないなぁって言ってたでしょ。」
俺「…言ったけど。(それならまず行くかいかないかを決めるのが筋だろ)」
妻「行きたくないの?」
俺「行く。」

異性の誘い方を学ばないまま年をとる女性は多い。
こいつもか。

久しぶりに来た川越は、市民の日とやらで予想以上に混雑している。
でも逆に、この日だったことで、完成してまだ日の浅い「お祭り会館」に無料で入れたというのはよかったが。
普段は¥500とのこと。
「山車」を間近で、それも高所など様々なアングルから見られたりするのは良いと思うし、ディスプレイもそんなに悪くはないと思うが、実質それだけ。
俺には高く見積もっても¥300がせいぜいだと感じられた。
今日は無料というだけではなく「囃子」の実演もあるということだったが、少し時間待ちするようなので、これは次回の楽しみとした。

この時期に来れば喜多院に出向くのが常だが、駅から多少遠いため、ベビーカーの娘の事を考え、この蔵造りの町並みのある一番街周辺に絞って散歩した。
この時期の喜多院は、いつもの八国山に比べればかなり「赤」な場所だけに、どんな感じか見たかったが仕方あるまい。

久しぶりに知人を訪ねて、娘の成長を喜んでもらったり、途中で見つけたネコや犬と楽しそうに娘がじゃれ合う姿を見ていると、顔の筋肉がいつもより多く使われていくのが自分で分かる。
っていうか、こんなに俺の顔って強張っていたのか。
娘は今回川越は2度目だが、歩いたり、食べたりできるようになってからは初めてなので、実質「小江戸初デート」だ。
俺はきっとだらしない顔していたんだろう。
フィルム1本分だけだが写真を撮ったので、後で妻に呆れられるかな。

それに妻と二人で、終始関根勤でもしないような下らない話をしながら、お決まりの「イモ菓子」を食べ歩いたりしたのも本当に楽しかった。
結婚前にもよくここには二人で来たが、そのときとはまた違う楽しさだ。

特にお目当ての菓子屋横丁「ふたみ(?)」のイモの「壺焼き」を娘と三人で一緒に食べたのはよかった。
まるで、一度蒸かして甘く味付けした後に漉して、それをもう一度皮に戻したかのようなサツマイモ独特の甘さを娘も気に入ったのか、ニコニコしながら、中の小くらいのイモの約半分をあっさり平らげた。

美味しかったんだ、よかったね。
また来ようね。
今度は、パパしゃんと二人切りで来るのもいいよね。

これ1本で¥150。
今までの消費生活の中で、最高に価値ある¥150の出費だ。

妻といえば、まるで意地のようにこの時期に「イモソフトクリーム」なんかを食べてる。
俺が目の前で湯気の立ってる紫イモまんじゅうや、醤油の香りが何とも香ばしい焼き団子をパクついているというのに、あまり食指を動かさず、とにかくイモアイス、イモアイスとまるで呪文のように繰り返しながら、見慣れないイモスティックだの、何故か漬け物だの、笊豆腐だのを買っている。

いつも会社で油の多いものを食べたり、豆腐や漬け物なんか家でしょっちゅう食べてるのに、地のモノを味わうとか季節感というものはないのか、と聞くと、彼女は逆に、いつもと同じ物を違う場所で食べたり、季節のミスマッチを楽しめない方が子供だと宣う。
二人とも、普段顔や体にこびり付いてる重さから自由になって、いつもよりよく喋って、よく食べて、よく笑った。

帰りに、これもお決まりの出世稲荷の大銀杏にお参りしてから、帰途についた。
参道の入口に2本ある樹齢600年とも言われる大木の1本には、これからの自分や家族の事を、そしてもう1本には川越の平和と繁栄をお祈りすることにしているが、今日はいつもと違い、向かって左の大木にはこれからのことより、この日の楽しさにまず感謝をした。

そして、こんな一日を与えてくれた川越の街のために、もう1本にいつもより念入りに祈った。
今日もしこの街に来なければ、こんな時間が過ごせたかどうかわからないんだから。

こんな日もあるんだ。
これからもこんな日が続くのだろうか。

大丈夫だ。
この600年の「黄色」が守り神なんだから。

きっと大丈夫だ。


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 ■ 2003/12/07 (日) 渡る世間2


いつもの散策から帰り、食事の下ごしらえを終え、何故かその本屋には一冊だけしか残っていなくて、がたいのいい強面のおじさんと遠い間合いから目で牽制し合い、やっと間一髪で手に入れた「Newsweek」のラストサムライの記事を読みながら渋めの煎茶を飲んでいると、妻がほぼいつもの時間に帰ってくる。

玄関を開けるや否や、彼女は興奮した口調でいきなりたたみかけてきた。

「○○が、お金出せって言ってきてるんだってさ!」

亡き叔父のマンションの権利を義母がどうしても譲らないことに対し、彼女の兄(前回は弟と書いたが、間違い)が、権利を放棄する条件として、金を要求してきたというのだ(金額はまだ未定のようだが)。
しかも、それを受け入れない義母に対しこの兄は、今払えないなら娘、つまり俺の妻に会社から借りさせてでも払え、と言い出してきたというのだ。

…おいおい。
妻は、帰ってきた時の勢いをそのまま微塵も落とすことなく話を続ける。

「あの人があんなにがめついとは思わなかった!自分はお祖母ちゃんが死んだときに、すでにお母さんの分まで遺産を沢山横取りしてるくせにそれも返さないまま、まーだよこせって、どういう神経してるんだろう!それもさぁ、あたしに借金させてでも払えなんて、信じられないよね!、大体さぁ……」

夕飯が出来上がるまでの約40分、それは台所に向かって立っていたおれの背中越しにずっと続いていた。
俺はその間、相づちを入れながらも、話があらぬ方向へ行かないことを心の中で念じていた。

それは言うまでもなく「俺が働かなけらばならない」という方向だ。

大げさに言えば、弟である叔父が生きてきた証を出来るだけ長く残したいと思っている(?)理由はともかく、義母がいずれ妻にマンションの権利を譲ることは、亡き叔父と話し合っていた経緯もあるようなので、もし、義母がこのマンションを自分のものとすることが出来たなら、いずれは妻がそれを譲り受けるいうことになるのは、ほぼ間違いないようだ。
よって、ここでこのマンションを取得するのにお金が必要であれば、その一部を妻に負担させる、といいうのも筋が通らないわけではない。

しかし、その負担は「百万円」単位になるようなので、正直、うちの家計にも影響が出ることは必至だ。

その流れでいけば、俺がこのまま「専業」主夫でいるにも限界があるだろう。
っていうか、もう15日から仕事に行くことになってるのか…。

…ひょっとして義母が俺の考えを変えさせるために、話を膨らませて妻に伝えているんじゃないか。
勘ぐり過ぎか。

いや、俺にウソの遺書まで書かかせようとした人だぞ、それくらいやりかねない。

やっぱり、もう里山の落ち葉の「赤」じゃなく、デパートの看板のような生命力を持つ「赤」にならないといけないということなのだろうか。

でも、なれないんだよ。
俺にはもうそんな強い生命力なんかないんだよ。
だから、こんな色しているんだろ。

それに、お前もこんな色の俺を選んで結婚したんじゃないのか。

なんで今さら、ネオンサインのような輝きを俺に期待するんだよ。
もう一度、よく見てみろよ。
そんな色じゃないだろ、俺は。



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 ■ 2003/12/05 (金) 採用通知


10:45頃に電話が鳴る。
意識のどこかに一昨日のことが残っていたのだろうか、二度寝中にもかかわらず俺は反射的に起きあがり、受話器を取った。
電話の声は遠く、会社名も聞き覚えのないものだったので、今度こそ勧誘かと思えた次の瞬間、その女性の声は妙に早口なまま意外な事を告げた。

「考慮の結果採用が決定しました。それで今後の予定なのですが…」

慌ててメモを取るも、相手の早口と頭の混乱で筆が追いつかず、詳細は追って郵送で知らせると聞いたところで、メモを取ることを諦めてしまった。
主旨は、15日から研修だということだけだったし。

っていうか、マジかよ。

慌てて、この会社の求人記事が載っていたのが折り込み広告だったか、ハローワークの紹介状だったかも思い出せないまま、とってあれば当然あるはずの場所を探すも、見当たらず。
…捨てたんだ。

ドタバタしながらも、とりあえず早く結果を知りたがっていた妻にメールを送る。
ここで一息つくことにし、熱いココアで一服しながら、混乱した頭を整理することにする。

そうだ「結果はともかく」「仕事を探している」という「ループ」を以て「防衛システム」とするんだから、仮に「採用」という結果でも………いいや、それじゃ、よくないんだ。

一度採用されたら、妻はいくら少ないお金でも、俺の収入を当てにするだろう。
そんなことより「働いてる俺」を見て、彼女の考えがより義母に近くなってしまうにちがいない。
そうなると、家で育児と家事だけをするというライフスタイルを決定的に失ってしまう。
義母に逆らえない妻に、俺が納得したことになってしまう。

家事をして、娘の面倒を見る最終的な権限を義母から勝ち取って、それを妻に納得させるのが俺の本望じゃないか。
「男になんか育児を任せられない」「大体、出来るわけない」「男には他にすることがあるはず」なんていう勝手な思い込みには、抗い続けるんじゃなかったのか。
その第一歩が「就職しない/出来ない俺」をしっかり認識させることだったんだろ。

こんなに早く採用されてどうする。

少なくとも今まで面接した会社で採用される予感があった会社なんて一つもなかったから、採用が決まったあとのことを具体的にこれっぽっちも考えてなかった。
特に今回の警備会社なんて、絶対ないはずなのに。

こんなウソをつくのは気が引けるが仕方ない、今回は不採用ということにしておいて、こういうケースの事もちゃんと考えておこう。

…えっ、でも、もう採用決まったってメールしちゃったよ。
何やってんだ、俺は。

なんて事をあたふた考えているうちに、早速妻から返信のメールが届く。
まだ昼休みじゃないだろ。
勤務時間中は連絡出来ないんじゃなかったのか。

文字は「よかったね。」だけだが、その前後に絵文字が四つも付いている。
勤務中だから、こっそり打ったのだろうか。
そう言えば、これは嬉しいときの彼女のメールの癖だ。
言葉は少なく、絵文字は多く…結婚前によくもらったけど、最近はあまりなかったかも。

そんなに嬉しいのか。

「最善を望んでるか?!最悪を想定してるか?!」
小倉智明の朝の番組でスタローンが言ってた言葉を今また思い出した。

俺の考える「最悪」はあくまでも「『主夫』の俺に義母が納得せず、妻がそれに追随してしまう」という範疇を越えることはなかった。

まさかここで採用通知を受けるなんて。
どうしよう。




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 ■ 2003/12/05 (金) 妻の休日/ハローワーク


妻の休日。

妻「ほら、ここ置くよ。あたしはもう行くから」
俺「えっ…」
妻「だから、お金ここ置くから。ハローワーク行くんでしょ。お財布見たけど、もうお金ないじゃない。」
俺「えっ…」
妻「それ、履歴書に貼る写真代も入ってるんだからね。」
俺「…」
妻「じゃあ、あたし行くから。○○ちゃんもパパにバイバイしなさい。」
俺「どこ行くの」
妻「だから買い物。昨日言ったでしょ。」
俺「…ふーん。(聞いてない)」

こんな目覚めありか。
っていうか、人の財布の中なんか勝手に見るなよ。

もう姿の見えなくなった妻へ当てつけるように、朝食もそこそこに縁起の良くないユニクロの裏起毛ジャケットを羽織り、最寄りのハローワークに出かける。
この前の雨で汚れたままのプレーントゥが靴擦れを起こしているのか、右足の小指が少し痛い。

一通り検索するも成果はなく、「紹介状」という免罪符がないまま帰るのは嫌だなぁと思いながら二重になっている自動ドアのうちの、手前のそれを一歩踏み越えた途端、そこに何故か人だかりが。
黄色のA4求人紙がいつものように置いてあるだけなのに、今日に限って5〜6人の塊がそれに見入っている。

釣られるように手を伸ばし、その内の一枚を手に取り2、3歩も進まないうちに、いきなり条件に合う要件が目に飛び込んできた。
目の前にあるもう一枚の自動ドアが開いた瞬間に、踵を返し受付に行き、これを再検索→プリントアウトしなくてもこのまま受け付けてくれるかの確認を取り、即窓口へ向かう。

その時、さっきの塊の中から「こんなの見て出来そうなのあるのかよ!」と大声で話かけられる。
一瞬、ハローワークで顔見知りが出来るのも有りかな、というような思いで振り返るも、彼の顔を見た途端、一瞬でもそんな期待を持った自分を笑った。
いかにも自分勝手そうな顔の男が、ヘラヘラ薄ら笑いしながらこっちを見てる。
他もそいつの仲間みたいだ。
俺は目を逸らし、「ええ、まあ」とだけ答えると、今度は逆に押し黙って無表情に順番待ちをしてい列の末席に腰を下ろした。

さて、その仕事とはビジネスホテルのフロント業務。
いかにも妻が喜びそうな仕事だ。

「『英語に興味ある方』とあるが、大丈夫か」
以前、某研究所を紹介してくれたと思しき見覚えのある男性職員が、無表情で聞く。

「興味ならありますが、使えません」と、バカ正直に答える。
…黙ったまま電話する職員。

職員「先方は、日常会話くらいはできるかと聞いているが」
俺「…業務のレベルにはないと思います」

交渉の結果、履歴書を先に送り書類選考を経て、それから面接になるがそれでもいいかとのこと。
慌てて首を縦に素早く振り、めでたく「紹介状」を手にすることになる。

そしてそれを実際に受け取る時、彼と目が合った瞬間にハッとして、一つの言葉を思い出す。
それは「デジャビュ」。

あの時の某研究所の時と全く同じパターンじゃないか。
受け付けた職員も、履歴書送付から書類選考を経て、面接というパターンも。

この職員もそう感じただろうか。
いや、連日これだけ沢山の人を捌いているんだ、そんなことはなかろう。
彼にとっては、単なる仕事のひとつ。
俺はその中の一人だ。
気にすることはない。

待てよ…それなら俺も同じじゃないか。
俺のような求職者のために淡々と業務をこなす彼のように、俺は妻の…いや、義母と、それに影響される妻の求めに応じて、ここに通ってるんだ。
今日はそのうちのほんの一日。

やはり「デジャビュ」か。
いやそれだけじゃない「デジャビュ」の「ループ」だ。

ちなみにあの時の最終的な結果は「不採用」だったが。
そこまで同じように繰り返しになるんだろうか。

それとも、唯一前回との差を作ってくれた、あの男達がこの「デジャビュの連鎖」を断ち切ってくれる存在になってくれるのだろうか。

断ち切られて問題が解決する訳じゃないが。






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 ■ 2003/12/03 (水) 不採用通知/落陽


10:35頃に電話が鳴る。
こんな時間の電話はセールスしかないとタカをくくっている俺は、留守電を解除することもせず、台所の洗い物をそのまま続ける。
しかし、スピーカーの調子が悪いのか、声が小さく聞き取れないので、いつものようにゆるんでいる「はかせ鍋」の取っ手の部分のネジに、これもいつものように軽く舌打ちしてドライバーを当てながら、電話に近づく。

電話の声は予想通り、妙に丁寧で、それでいてどこか慣れていない例の口調だ。
しかし、

「…今回は残念ですが○○様のご希望に添うことが出来ません…」

この部分を聞いた途端、霊園管理会社の面接で「右」側に座り、こちらを窺いながらじっとメモをとる男の顔がはっきりと目に浮かんだ。
最後の電子音の後、念のため頭からもう一度聞き直すと、すぐ今の録音を消去し、俺は台所に戻った。

そこで思わず口をついて出た言葉が、「なんだ、勧誘じゃないのか…」ということに自分でも少し呆れる。
悔しさをごまかそうとしていたんだろうか。
よくわからない。


午後から丘陵に出かける。
昨日よりも1時間遅い出発だ。
一度袖を通した後で、フリースをオフホワイトからグレーに変えてみた。
特に理由はないが。

山は昨日よりも暗い。
しかし、紅葉はまだまだきれいだ。
とはいえ、全体に暗いためか、昨日のような気持ちで色を意識できない。

尾根道、池、獣道をいつもの2/3くらい歩いて、また再び尾根に出る頃には、もう足下がやっと見えるくらいになっていた。

少し急ぎ足で尾根道を進むと、向こうに鳩峰山が見えてきた。
オレンジの太陽と、それに照らされる「茶色ベース」の紅葉。
やはり黄色が目を引く。
やっぱり今日も来てよかったな。

…なんてことを思いながら、少し歩を進めると、そこになんとも「生命力に溢れる」赤が目に飛び込んできた。
横長のパノラマ写真のような鳩峰山をかすめるように、そしてそのかなり後方に小さくしか見えないのに、すごい存在感だ。

その「赤」とは「○|○|」とデザインされている、もう散々見飽きているはずのあの看板だ。

俺は何故か無性に腹が立ってきた。
理由はわからない。
そして大声で歌を歌い出した。

曲は「落陽(?)/吉田拓郎(?)」。
この前深夜番組で、鶴瓶とアルフィーの坂崎とイッセー緒方が歌ってたヤツの聞き囓りだ。
それもサビの部分しか知らないが、それでも構わず歌った。
っていうか歌詞なんか適当だ。
うる覚えのサビを繰り返しなんて、俺は酔っぱらいか。
ある意味、何年も酔っぱらってるようなものか。
一滴も飲めないのに。

「絞ったばかりの夕日の赤が 水平線から漏れている
苫小牧発 仙台行きフェリー
あの爺さんときたら わざわざ見送ってくれたよ…」

「土産に貰ったサイコロ二つ 手の中で振れば また振り出しに戻る旅に 日が沈んでいく」

「サイコロ転がし、有り金無くし、フーテン暮らしのあの爺さん
どこかで会おう 生きていてくれ ろくでなしの男達 
身を持ち崩しちまった男の話を聞かせてよ、サイコロ転がして」

「土産に貰ったサイコロ二つ 手の中で振れば また振り出しに戻る旅に 日が沈んでいく」

毎日ギリギリの俺を助けてくれてるはずの「赤」や「黄色」や「茶色」がこんなにでっかく目の前にあるのに、その後ろでチカチカしてるあんな「赤」の存在感に目をやるなんて。

もう里山の「黄色」なんかに目を留めるな、あっちの「赤」に行くんだ、という自分の声なんだろうか。

柄にもなくこんな歌を歌い出したのも、こんな自分の気持ちに気付いている自分を自分でごまかそうとしていたんだろうか。
よくわからない。

多分違うだろう。
考えすぎだよ。
気のせいだ。






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 ■ 2003/12/02 (火) 色


午後から丘陵に散策に出る。

雨で日が開いたのと、面接疲れのためか、心身共にペースが上がらない。
山にたどり着くまで、いつもより2分余計にかかってしまう。

しかし、山に着くとそんなことはどうでもよくなった。
ここ最近で最高の八国山が出迎えてくれたからだ。

昨日までの雨で足下は多少ぬかるむが、その上に積もった乾いた新しい落ち葉が、まるで絨毯のように山道を覆っている。
赤と黄色の葉のフィルターが空の青と日光の白を透過するように所々遮り、肌に優しい風は、頭上の葉と小枝だけを何故か強く揺らし、大好物の(疑似)潮騒を途切れなく奏でてくれる。

…自分で書いてて歯が浮いた。
でも、本当だから仕方がない。

そして、ここで目を引くのはなんと言っても「黄色」だ。
この山中で銀杏は殆ど見かけないが、他にも黄色に色づく葉を持つ木は当然存在する(名前は知らんが)。

足下の絨毯にあっても、水の上に浮いていても、木にしがみついていても、またそれが不規則に揺れながら頭上から落ちてきても「黄色」は目を引く。
赤は、ある程度一箇所に集まっているか、大木の紅葉の場合にはハッとするほど美しいが、そうでなければここでの圧倒的大多数の「茶色」の「亜流」のような存在だ。

しかし、一般的にそうかと言えば疑問もある。
例えば日本を代表する紅葉の景勝地であり、今や世界中から賞賛される京都においての主役は間違いなく「赤」だ。

「赤」といえば、その「彩度」こそ、その持ち味だと思う。
文字通り「燃えるような」と形容される、生命力を感じさせる色。
一方、「黄色」は「明度」が、その特長じゃないだろうか。
出所する旦那を待ちわび、風になびくハンカチの、あのインパクトだ。

そして、あくまでも八国山の茶色主体の紅葉の場合、

「赤」はどんなに美しくても、それがその魅力を発揮するには、逆に枯れ葉の一般的な色である「茶色」を「赤の亜流」とする程の「量」がないと、黄色のインパクトに勝てないような気がする。

まるで今の俺は、自然保護の言い訳のように残る秋の里山で圧倒的大多数の「茶色」にもなれず、人を惹きつける「黄色」の魅力もない、「赤い落ち葉」みたいなものなのかも。

それなら自分のような人を募って、「赤」を活かせる「京都」を作れば、俺も少しは生きやすくなる……わけないか。

「生命力を感じさせる/燃えるような」性を持つはずの「赤」の自分に、そもそも自信がないんだから。
「都」なんか作れるわけないだろ。
っていうか、千年の都に対して失礼だ。

でも「茶色の亜流」ってホントに辛いな。
だからって、そんな輩が勘違いなことすれば、また恥をかくだけだ。
もう散々恥はかいてきた。
もう沢山だ。

八国山の紅葉に例えるなら、俺は貧相な赤い落ち葉…。

…バカみたいだ。
自分で書いてて、思わず赤面する。

でも、それでもまだ。
ごまかしても、本心は隠せない。

せめてこうして晒すことで、濡れ落ち葉は免れたい。
顔を赤くする熱での乾燥で、しばらくは腐臭から自由でいさせてくれ。

それでも、まだもう少しだけ「赤い」自分でいたいんだ。







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 ■ 2003/12/01 (月) 面接


妻の休日。

妻「じゃ、行くから」
俺「えっ、どこに」
妻「だから、お母さんと国分寺。お母さんが行きたいって言うから一緒に行くの。昨日言ったでしょ」
俺「そうだっけ(聞いてない)」

こんな目覚めありか。

まだ眠そうにバイバイする娘のおでこに無理矢理チューして、二人と別れる。
面接に行く前に、少しでも一緒に遊ぼうと思って(でかい卓球のラケットのような)バットとボールのセットを買っておいたことを、一人残されてから思い出す。
それを無印で数年前に買った型落ちの3WAYバックから取り出し、代わりに昨日作った履歴書をしまい込む。

最近はまってるココアとトーストの食事をとり、ユニクロで買って1回しか着てない¥5900くらいの起毛コットンのジャケットに¥100ショップCANDOで買ったネクタイを合わせて、面接場所へ向かう。

家を出てから一箇所だけ曲がり、雨でぬかるんだ遊歩道を真っ直ぐ20分も歩くと今日の面接場所のスーパーだ。

裏の従業員入口で受け付けると、その窓口のすぐ裏が面接場所の「警備室」。
馴染みと思しき出入りの業者やパートらしき女性が、俺を受け付けた時とは別人のような甲高い声で挨拶する警備員のチェックを受け、続々と中に通されるのを横目で見る。
向こうも横目でこちらをチラチラ窺っているのがわかる。
この職場特有の空気に触れた気がして、急に緊張感が高まってくる。

しばらくして、モノマネのコージー富田(?)によく似た男性が来て、いきなり「志願書」を書けという。
面倒でたまらなかったが、履歴書を見ながら全く同じ事をキーボード慣れした下手な字で書いた。

それが済むと、彼は目を合わせないまま「慇懃無礼」の見本のような挨拶をし、「杓子定規」そのものの会社説明を始める。
俺の他にもう一人、50代くらいの男性が面接に来ていたが、横に置いてある履歴書と業務経歴書がすごい。

内容は、大東文化大学卒…くらいしか見えなかったが、全部で5枚くらいある。
何をそんなに書くことがあるんだろう、凄いな。
こんな人と高卒の俺じゃ、勝負にならないよ。
またダメか(それもいいけど)。

「じゃぁ、これやってもらいます」。
ぼーっとしてるといきなり左に3桁の数字があり、横に数字を書き足して1000にしろという、B5くらいの紙を目の前に置かれる。
「はい、始め。時間は10分。」
「えっ、何これ…」
思考停止したまま、一応10分以内に全部終える。

終わったと思ったら、「じゃ、次これ」。
今度は「性格判断GY(YG?YC?CY?)法」(?)だとか書いてある。
「一人で考え込む方だ」的な設問に「はい」「いいえ」「どちらとも言えない」をマークする。
150問くらいあっただろうか。

その間、もう一人は個別面接で奥へ。
彼が戻ってきて、交代。

個別に話をすると面接官の男性は、気さくそうな、それでいて出来る感じのするすごく好感の持てる男性だったが、話の途中彼の表情がいきなり曇る。

それは「前職チェック」。

「来たか…」と思いきや、曇った顔はすぐに晴れ、彼は自分を納得させるように頷きながら「でもここに連絡はつきますよね」と聞いてくる。
俺が「その家族ならいるようですが、何分個人事務所ですし、その本人が亡くなっていますので…」と言いかけるや否や、「じゃぁいいです。ひょっとしたら前の○○(警備会社)さんを調べるかも知れませんが」と言って話を遮った。

…ここで今日の合否は決まった。
あの会社を辞めたのは随分前のことだが、退職時にあまりに酷い扱いされたので、最終的には弁護士を仲介させてやっと1ヶ月分の給与と失業手当の手続きをさせて揉めに揉めたことを忘れる訳がない。

…ジャケットもネクタイも、雨の中のプレーントゥも無駄だった。

だが、例のごとくあまりショックもない。
どうせ俺の方が早く帰ってきたんだし、「行ってきた」ということにして、家にいればよかったかな、と思うくらい。
今はこの「行ってきた」ことが防衛システムなんだから。
「仕事決める」ことじゃなくて、「決めようと思って活動してる」ことがそれなんだ。

だからこれでいい。
これが今の俺のベストなんだから。

明日は天気回復するだろうか。
慣れない革靴なんかより、やっぱりいつものトレッキングシューズの方がいい。
変な視線が交差するガラス張りの警備室なんかより、何もない里山の方がいい。

歩くたび「コツコツ」音のする靴なんか、もう履きたくないよ。
主夫業にそんな靴は必要ない。
必要ないんだ。



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 ■ 2003/12/01 (月) 面接前日


明日は面接。
ちょっと大きいスーパーの警備。
近くだし、時間も11:00からだから、余裕あるな。

確か2交代制だったかな。
でも深夜勤務はなかったはずだからまぁ気にすることもなかろう。

まだ履歴書も書いてないが、前回から「履歴書Maker」使ってるから楽だ。
日付と志望動機、それに通勤時間を変えればいいだけだし。

これに落ちたら、また「ハローワーク→面接」のループを以て、日中家やその周辺に居る時間を減らすことで、義母や妻からの防御としなくちゃいけないんだよな。

今度はまた新宿にでも行ってみようか。
「新宿まで行ってる」って、どこか勤め人みたいな響きあるし。
ハローワークのあるエルタワーもきれいなビルだし、西口だから高層ビルに上ってただで都会を見下ろす景色を楽しめるし…そう言えば、エルタワーには確かINAXだかTOTOだかのショールームがあったような気がしたな。

きれいなキッチンで家族のためにごはんを作る…いいな。大好きだ、そういう毎日。
それって「女の」ためだけの楽しみじゃないはずだけど、未だに男がそれを求めると「出来る男が、休日のひととき、『男の』料理を作る」成功者の趣味的なイメージでしか受け入れられない。

俺は割烹着来て、一日中家で「奥さん」してたいんだけど。
読書と散策だけはさせてもらうけど。
やっぱり、男としてそれじゃダメなのか。

「警備の面接決まった(バイトだけど)」って言ったとき嬉しそうだった妻は、やっぱり俺が一日中家にいるよりかは、警備員の制服着て、無表情で車の誘導したり、敬礼かなんかしてる方がよくなったのかな。

結婚前や新婚当時は、俺が家事をして、ごはん作って帰りを待ってる毎日で、充分楽しいって言ってただろ。

お金のことも、その時考えてた通りだし。

そんなに「お母さんみたいに」なりたいのか。
でも俺はお前の「お父さん」じゃないし、これからそうなれもしないぞ。
そんなことお前が一番よくわかってるはずじゃないか。

だから、お母さんみたいな幸せは俺には作れないんだよ。
お前はお義母さんじゃない、彼女とは別の人生を生きてるんだよ。

俺と。
俺とだよ。
この俺と。

だから、本当は明日も面接なんか行きたくない。
本来、行く必要もないんだから。

行きたくない。
行く必要なんてないんだ。
行く方が間違ってるんだよ。

俺が正しくて、お前が間違ってるんだ。
そうに決まってる。



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